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掌のワインディングロード ⑪

ジャパンカップ当日。府中競馬場は異様な熱気に包まれていた。GⅠの雰囲気には慣れ始めていた俺もそこまではと思うほどに混雑しているので驚きを隠せない。「日本ダービーこういう感じですよ」と言ったタラちゃんの言葉を信じれば、何日も前から競馬場前で並んでいる人がいる話もごくごく普通の事らしい。今年の日本ダービーについては仕事上の知り合いと会う約束をしていたのもあって見に行ってなかった。もしその日の状況をこの目で確認していたら、今日来ることも少し躊躇ったかも知れない。


「こうなると早めに場所を取ってないと見れないわね…」


聡子の一言でその日はあまり移動しない事に決めて、なるべく前の方に移動してあとはずっと観戦する事に決めた。ジャパンカップのパドックを観てから決めたかったのだが、本命にしていた5番の「ラッキー」と10番の「ヨコスカパンドーラ」の馬連をそそくさと購入。結局2人の意見を参考にした結果である。聡子は「ヨコスカパンドーラ」の単勝1000円分を購入。そして普段はあまり馬券を買わないタラちゃんはというと15番の「ゴールデンボート」の単勝を買っていた。


タラちゃんは照れくさそうに、


「僕もミーハーなところがあってですね、前のレースはとんでもない失態を見せた馬ですが応援したい気持ちがあって…」


と言っていた。俺はというとその馬を最初に切ったタチである。どうやら競馬ファンにはアイドル的な人気があるようで聡子も葦毛の綺麗なその馬も好きだとは言っていたが、「よく分からない」そうである。


メインレースが近づくにつれて観客は徐々にヒートアップしていった。いつもより2割増し位で聞いててちょっとどうかと思うヤジが飛んだり、悲鳴に似た絶叫を上げる人が見受けられる。この日の東京は11レースまでしかなかったが、10レースになる頃にはスタンドでももう身動きが取れない状況になっていた。10レースは1600万下の特別戦だったが、ファンファーレが鳴ると既に歓声が上がっていた。


「こりゃあ、本番はすげえぞ…」


「私も興奮してきちゃった…」


あの冷静な聡子ですらテンションが上がってしまうような異様な熱気。もしかしたらサッカーや野球より、或いは音楽ライブよりももっと凄いテンションかも知れない。


「やば…緊張してきた…」


そう言うタラちゃんはGⅠになると極度に緊張する。応援している馬が居る時には特にソワソワしていて、競馬歴が長い割にはこの時だけは落ち着きがない。


「うわ…俺もだ…」


かくいう自分も会場の雰囲気に呑まれて心臓が早鐘を打ち始めたのを感じた。ギャンブルをやるようになって思い始めた事だが、こういう時ほど冷静さを欠いてはいけないと思うのだ。まあ今回に限って言えば既に馬券を買ってしまっているし、もう買いには行けないけれど、仮に買える状況だったらもう少し買い足していたかもしれない。



そしていよいよ本馬場入場の時間となった。馬が一頭、また一頭と馬場に姿を現すたびにターフビジョンに拡大された姿が映し出されてまた歓声が上がる。俺が最初に本命にしようと思っていたイラプションが出てきたが、歓声を聞いた為か少し興奮したように首を高げて今にも騎手を振り落とそうな勢い。


「あ…」


その小さな呟きを聞き取ったらしいタラちゃんが、


「日本の競馬場は、特にこういうレースだと歓声が異様に大き過ぎて外国馬は戸惑う事があるというのは仕方ない事かも知れないですね…」


と解説してくれた。あの状態で走ったら少し不利なんじゃないかと思ってしまう。自然に人間に置き換えてみて興奮している人を想像して、本命にしなくて良かったと思ったりした。


本馬場入場が終わり、一度クールダウンした会場。けれどゲートが目の前の地点に置かれているので、再びそこに集った馬達がよく見えて、ちょっとした変化で会場から声が上がる。スタートに難があるというゴールデンボートについては周囲から


「今日は大丈夫かな~」


という溜息にも似た声が聞こえてくる。俺もその言葉で今日応援すべき「ラッキー」と「ヨコスカパンドーラ」を目で追い始めていた。どちらも落ち着いている。



すると何処からともなく手拍子が湧き起って来た。それがしばらく続いてボルテージが上がってきた頃、


「ファンファーレの時間です!」


というタラちゃんの声といっしょに生演奏のファンファーレが始まった。



パーパパパー パパパー 



手拍子と歓声に驚いている馬もいるらしいが、まるで地鳴りのような響きである。ファンファーレ―の最後に


「「おお」」


という周りの声に釣られて俺もつい叫んでしまった。聡子はもう馬の方しか見ていない。全頭が無事にゲートインを済ませてスタートの瞬間、再び歓声。


がっしゃん



スタート!





最早その後の事は興奮で殆ど覚えていない。「いけー!」とか「こいこい!」とか無意識に叫んでいたのを覚えているが直線の迫力は圧巻で、ラッキーがいち早く脱け出した瞬間は頭が真っ白になった。だがすぐ外と内からそれを捉える勢いで一気に馬が伸びてきているのが分った。一頭は「ヨコスカパンドーラ」もう一頭はノーマークだったエンドインパクト。



そしてヨコスカパンドーラとエンドインパクトがラッキーを交わしたところがゴール。ヨコスカパンドーラの方が少し前に出ていた。


「あー、外れたぁー!!」


と叫ぼうと思った瞬間、聡子が「やったぁー!!ほんとにきたー!」と興奮し始めた。そういえば単勝が的中である。そしてタラちゃんは既に冷静な状態に戻っていた。ゴールデンボートはスタートは良かったけれどあまり伸びなかった。


「うわ!そういえば聡子さん、単勝だと10倍くらい付きますね!!」


冷静になっていたタラちゃんが冷静に計算して地味に興奮していた。


「私、当たったの始めてかも…」


確かに馬券を買いはじめてそれほど経っていない聡子はこれが初的中ではないだろうか。


「なんか、すごく不思議な気分…」


慣れていないのか素に戻って若干当惑しているように見える。
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