FC2ブログ

淡く脆い ㉕

「里奈の家行ってみたい?」

あんみつの会計を済ませ店を出ようとした時、御堂さんが何気なく言った。『何気ない』素振りで言ったように見えたけれど、彼女の事だから何か思惑があるのだと感じた。実際、御堂さんは何かを確かめようとしているようにこちらの目を見ている。一瞬モデルさながらの整った女性に見つめられて、ドギマギしそうになるのだが芳井さんの事を思い遣る彼女の性格を考えると余計な事を考えない方がいいなと思った。


「いえ。できれば芳井さんから教えてもらいたいですし」


少し迷ったけれどそう答えた。「ふ~ん」という御堂さんの声は僅かにだが機嫌のよさが滲んている。


「まあ片霧くんだったらそう言うと思ったよ。悪くないね」


彼女に試されているのかも知れないけれど、折角なので聞いてみようと思った。


「じゃあもし行ってみたいって言ったらどうだったんです?」


すると御堂さんは意外だったのか「へぇ~」と感心したような声を上げてから、


「それはそれで面白かったかも」


とまとめた。会ったばかりの頃よりも打ち解けてきた感じがある。別れ際「里奈をよろしくね」と言われたが、その言葉には色んな意味が込められているのを感じざるを得ない。何とも言えない気分でそのまま駅に向かった。





その夜、テレビでたまたまとある番組を見た。それはとある俳優の日常に密着したドキュメンタリーである。その人は若手の男性で最近注目され始めている実力派の俳優だが、彼の生活はストイックそのものだった。役作りのための肉体トレーニング、趣味で続けているという三味線。私生活に密着していてもその人の表情がいつも凛々しく輝いている。勿論稽古の地道さもあるけれど、その取り組み方がどこか鬼気迫るものがあるように感じる。いつの間にか番組を真剣に見つめている事に気付く。


<ここまでするからプロなのだろう>



素直な感心がある。自分も何だかんだで仕事では当然プロ意識があって日々様々な事を学んでいる。書類の作成一つでも工夫の仕方は幾らでもあるしデータを扱う仕事でもあるから当然正確さが求められる。とはいうものの、俳優という生き方に全てを捧げるような事は誰にでもできる事ではない。彼だけに求められている事をしっかりとこなしてゆくには、あの生き方を貫かねばならないのかも知れない。



勿論、色々なタイプの俳優が居るというのも容易に想像される事だ。天才子役のように一気にスターダムにのし上がってしまう人、いぶし銀が光ると言われる演技をする俳優、他の分野で活躍していて歳を取ってから俳優としても味のある演技が出来るようになった人。




想像はできるけれど、実際には自分が全く知らない世界だった。番組が終わったテレビを消し、水で割ったウイスキーを軽く口に含む。自然に「芳井さんもこういう世界に生きていたのだ」という言葉が心の一部を占めていた。



けれどそうは思ってもそれが何を意味していて、自分はそこから何をしたいのかよく分からなかった。



ただその夜は妙に芳井さんに会いたいと感じていた。



☆☆☆☆



月曜。定刻通り出社して仕事をこなす。何かにあてられたのか、いつもより熱心に仕事に取り組んでいたような気もする。その結果、上司にも少し褒められ「この調子で頼むよ」と言われた。こんな事はあまり考えていたわけではないが、自分はやろうと思えばもう少し何かを目指せる能力は持っているのかも知れないなと自惚れてみた。



けれど一方で思う。こういう期待に応え続けてゆく事はそれなりに辛いのではないかと。多分、仕事が出来る自分を誇る為だけにやろうとするならそれはどこかで虚しくなる。自分のした仕事が世の中で、少なくともこの会社の中で何かになって、望ましい事に繋がってゆく確証があるなら自然とモチベーションは上がる。


「この仕事が好きだからですね」


清々しい表情でそう答えたあの俳優のように、仕事自体に喜びを見出せるかというと職種的にそういう仕事ではないようにも感じる。余計な事を考えない方がむしろうまく行くのかも知れない。




いつもと同じループに入りそうになったとき、スマホに友人からのメールが届いたことに気付く。「何だろう」と思って開いてみると、それはぱっと目を通してだけで自分を動揺させるものだった。いや厳密にはそういう事も想定していたけれどいざ現実になると動揺するしかないような内容だった。



『戸田が昨日告白したらしいぞ。今戸田からメールがあって、お前に宜しくってよ』



短い内容だったがそれで十分理解できた。戸田氏はあの後やはり芳井さんに想いを伝えたのだ。その事実はそれだけでも大きい事のように思われた。まるでその瞬間から世界が変わってしまったような感覚が僅かだがあったような気がする。努めて冷静を心がけ、


『それで返事はどうなったの?』


とメールを送り返した。しばらくあって、


『芳井さんに聞いてみてくれってさ』


とまた短いメール。結局モヤモヤした気持ちのまま残りの仕事を片付けて昼休みになったところで芳井さんに連絡してみようと思い立った。けれどその方法に悩んでしまった。こういうのは多分直接話を聞いた方が良いと思われるのだ。実際芳井さんには、


『近く会えないかな?』


とだけ送った。すぐに返事が来て、



『はい。夜で良ければ、今夜でも』


とあった。ちょっとした思い付きだったがこんな風に続けた。


『もし芳井さんが良ければ、芳井さんの家で会えないかな?』


唐突な提案だったけれど、それは自分なりに意思を示す事だった。


『え…?大丈夫ですけど、じゃあ駅で待ち合わせで良いですか?』


『うん。仕事終わるのが6時だから、6時半くらいには行ける』


『分りました』


こんな具合にメールでのやり取りを済ませ、ふっと一息ついた。戸田氏に対する返事が気にならないわけではないけれど「芳井さんの意思だから」と自分に言い聞かせる。一方で自分の事で迷っている間にも自分以外の人は動いている。そんな当たり前のことを実感して、そこでまた気合を入れ直した。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
普通のカウンター
投票
無料アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR