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掌のワインディングロード ⑬

12月に入ると今年も終わりだなと思えてくる。既に気分は有馬記念の事で一杯である。というのも2年前までは中山競馬場で朝日杯があってそこそこ盛り上がるので有馬記念よりも目の前のGⅠの事を考えてしまうのだが去年から阪神に舞台が移ってしまい、観に行こうと思うのも有馬記念くらいになってしまうからである。


けれど同居している大井さんと細井さんは有馬記念の日には予定が入るかも知れないとの事。もしかすると一人で中山に参じる事になるかも知れないが、競馬ファンに人気のゴールデンボートの引退レースは是非とも見ておきたかった。


ゴールデンボートのJCでの敗退は事前に予測された事であった。僕は一縷の望みで単勝を買ったけれど、上がり勝負になるような東京競馬場だと分が悪いという事を承知したうえでのこと。けれど得意の中山なら、そして暮れの上がりのかかる馬場なら勝負になるかも知れないと思いはじめている。この思考には陣営が結構強気だという事も影響している。阪神ジュベナイルフィリーズのあった次の週にゴールデンボートの鞍上が代わるという発表があった。場合によってはそれも効果的なのかも知れない。



この頃の実生活は慌ただしくてしょうがなかった。居酒屋で年末とくれば忘年会シーズンで、予約の電話がひっきりなしに掛かってきて対応に追われた。特別料金で稼ぎ時だという事もあり、普段より遅く締める日も増える。勿論働いた分だけ給料も増えるし、今月時給が少し上がったのもあって少し働き甲斐を感じていた。居酒屋というのは基本的にお客に気持ち良くなってもらうサービスというやや単純な認識をしているのだが、満足げに会計をしているお客さんを見ていると、それも強ち間違いではないように感じる。


でも一方で、休む暇もないくらい修羅場状態で働いているとこういう仕事じゃない普通の仕事はどういう感じなのだろうかとぼんやり考えてしまう時がある。サラリーマン経験のある細井さんに聞いてみたところ、


「まあお客さんの顔が見えないデスクワークだと、ひたすら単調かもね」


と若干諭される調子で言われた。確かに細井さんはそういう仕事が肌に合わないと感じで脱サラした人なのでそういう意見になるのも頷ける。今の仕事場にも少しお邪魔させてもらった事があるけれど、落ち着いた雰囲気の良い店で細井さんの姿もきまっていたように見えた。サラリーマンだけが仕事ではないし、選択肢は沢山あるのかも知れない。



細井さんにも大井さんにも「タラちゃんは接客業が向いているよ」と言われる。その一方で今の環境で続けてゆく事は心配だとも言われる。二人の意見は有難いし自分でもそう思う部分が大きいのだが、やはりどうするかは自分で決めなければならない。2人にはまだ話していないけれど、先月の末辺りから職安に少し通うようになっている。



係の人に相談してもらったり求人票を確認してみたりするのだが、どうもその聞きなれない職業が自分にできるような感覚がない。ピンと来ないというのもあるのだが、それを選ぶ決め手になるような情報があまり見つからないのである。



そういう生活を続けていて、最近では時間がないのもあるけれど日課だった競馬のゲームも少し途絶えがちになってくる。ゲーム上ではとんでもない資金と影響力をその世界に持っている人になれるし、面白いように上手く行く。けれど自分の人生をしっかり見つめ直してゆくと、必ずしもそういう人生ではなくとも、細井さん大井さんというかけがえのない人達との交流がある本当の人生も悪くないと思えはじめている。



まあ、ゲームと割り切ってサラブレッドの配合のシミュレーションを考えるのもかなり楽しいのだけれど。



朝日杯の週。競馬のある日曜日だったが、どうしてもシフトを代わってくれないかという先輩からのお願いがあって、僕は珍しく出勤していた。もしも朝日杯が中山のままだったら断っていたかも知れない。ちなみに細井さんと大井さんは昼から一緒に外出している。日曜日はあまり入った事がないのだが、金曜日などと比べると人はそれほどでもないという事に気付く。店長は、


「次の日が月曜だしね~」


と説明してくれる。けれどさすがにこの日はお客の入りが悪すぎるようで、売り上げにも影響しそうなくらいだった模様で苦笑いで「どうすっかなぁ…」とぼやいていた。それには僕も曖昧に笑うしかない。尚も暇な時間が続いたので、


「そう言えば今日のGⅠって何だっけ?」


と思い出したように店長が話を振ってくる。秋のGⅠがほぼ連続で続くという知識はあっても、レース名はまだしっかりと覚えていないというパターンだなと思った。


「朝日杯フューチャ、フューチュリティーステークスですね」


昔サンデ―フューチャーという馬が居て、それを思い出してつい間違えてしまうレース名である。


「ああ、そうだった。何勝ったんだっけ?」


「キングリアですね。シェイクスピアの『リア王』の事です」


「強かった?」


店長のこの一言に僕は待ってましたとばかりに、


「めっちゃ強かったです!後方一気で全頭ごぼう抜きでしたよ!」


と興奮を隠さないで言った。店長はそんな僕を見て「相変わらずだな」とか思ったのかも知れないが、


「へぇ~後で見てみようかな」


と興味を持ってくれた。その後、どうやらその日は特に例外的にお客さんが来ない日だったようだと見切りをつけて、僕は早いうちから掃除を頼まれた。
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