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ステテコ・カウボーイ ②

早川さんの朝は早い。ぼちぼち起きるかと思って8時頃にリビングに向かうと誰もいない。確認すると買っておいた食パンにジャムを塗って口に咥えながら挨拶に行く。

「おはようございます。早川さん」


「ああ、おはよう。遅かったね」


一行で喰い違ってゆくこのフレーズも彼女の漫画に登場している。そう言った早川さんは作業部屋で既に漫画を描き始めている。多少散かってはいるものの、足の踏み場はきちっとあって、資料もそこそこ整えられている。不思議なのだが、何故か椅子に座りつつ膝に国民的アニメに登場する青い猫型ロボットのぬいぐるみを抱えたままペンタブを使ってPC上に絵を書き込んでいる。その姿勢は少し疲れるのではないかと思われるのだが、「こっちの方が効率がいいんだ」と言って憚らない。



「順調ですか?」


と僕が問う。「まあまあだね」と返ってきた。という事は順調なのだと勝手に解釈して部屋を後にしようとしてドアに手を掛けた時、


「待ちたまえ!」


と声が掛かった。その時早川さんはデスクトップをしっかり見つめ、作業の手を止めない。そしてこんな風に続ける。


「君は同居人の為に何かをしたいと思った事はあるかい?」


何の質問なのか良く分からないまま無難に、


「ええ、そりゃあまあお世話になりっぱなしですし」

と答えると、


「ではその気持ちが実際に果たされる瞬間が来ているよ」


またしても回りくどい言葉。要するに何かして欲しいのだろうか?


「何ですか?」


一応言葉に沿って答えてみる。


「コーヒーだ」


僕は無意識にその続きの言葉を待っていた。だが、それきりしーんとしたまま早川さんはただ作業を続けている。


「もしかしてコーヒーを作って持って来いって事ですか?


「いや…持って来いと言っていない。君がもし温かくて丁寧に注がれたコーヒーを私の所に持ってきてくれるならば、君の気持ちが果たされると言ったまでさ」


よく考えなくても言い方の問題だった。ここまで言われてしまうと断る理由を探し出す方が難しいのでその通りにする。コーヒーを作るにあたってこの家での決まりがある。コーヒーメーカーを使わないのである。きちんと豆を挽いて、それをペーパードリップで作る必要がある。豆は何種類か置いてあるが、結構有名な店から定期的に配達されて来てそれを味わうのが早川さんの趣味だと知った時には、「さすがこだわる人だ」と思ったのだが、早川さんは何か理由をつけては僕にコーヒーを作らせようとしていた。手先はわりと器用な方だし、コーヒーを挽いたばかりの香りも僕の好みである。徐々につくり方のコツも分ってきて、豆は種類によって挽き過ぎないとか、逆に出来るだけ細かくするとか、最初の『蒸らし』が重要だとかの知識もネットで調べてから実践している。早川さんはいつもそのコーヒーを「美味しい」と言って飲んでくれる。



そういうのも自分の中で喜びになりつつあるのだが、今の場合だったら僕が起きてくる前に自分で作れば良いじゃないかとも思わなくもない。湿気を避けた戸棚からマンデリンの瓶を選び、電動ミルでやや細目に挽く。そこからいつものルーティーンで結構手際よく作って猫がプリントされた早川さんのカップに注ぎ持ってゆく。


「持ってきましたよ。今日はマンデリンにしました」


「うん。ありがとう」


この時僕は少し吃驚していた。早川さんがPCではなく待っていましたとばかりにこちらを見ているからである。


「どうしたんですか?」


と訊くと、


「いやぁ、何となく同居人の得意気な顔を見ておきたいと思ってね」


「え?僕そんな顔してましたか?」


「いや、割と無表情だった」


その筈である。何しろ僕は寝起きだからまだ表情が堅いと思う。


「早川さんと話していると、一度に何個も聞きたくなることがあるんですが…」


と言いつつ、彼女にカップを手渡す。受け取るとそのまま少し口に含んだ。


「うん。美味いね。それで、何が聞きたいの?」


早川さんの表情はいかにも内心「何でも来い」と言ってそうなものである。


「まず、どうして僕にコーヒーを作らせようとするんですか?あと、僕の得意気な顔を見て何か良い事があるんですか?」


すると彼女は「う~ん」と少し呻ったあと、


「一つ目の質問は簡単だね。君の作ったコーヒーが美味いからだ。そしてもう一つの質問は『観察』と…その他だね」


当然こう聞いてみたくなる。


「僕の淹れたコーヒーって本当に美味しいんですか?その早川さんが作ったものより?」


「勿論、最近は特に微妙に私より美味しく感じる。でもそれは誰かが私の為に作ってくれたから美味しいという観点を忘れているよ」


「あ…そう言うことですか…」


僕のような人間を拾うような人だからもしかすると早川さんもどこかで他者との触れ合いを求めているのかも知れないとこの頃思うようになっているけれど、確かに自分の為に何かをしてもらうというのは嬉しいものである。まあ今回に関しては半強制のような趣がなかったとは言えないが。


「じゃあ、もう一つの「その他」って何ですか?」


「う~ん、それはね…」


と言ったまま何故かもったいぶって教えてくれない。終いには、


「答えはいずれ分ると思うから、少し想像してみると良いよ」


と告げる始末。呆れはしないけれど、「これも早川さんらしいな」と思ってしまう。『観察』以外で僕の得意顔を見て何か良い事…と考えてみたけれど、全然分らない。分ってきそうな気すらしない。


<いずれ分るってどういう事だ>


と思ったまま一週間ほど経ったある日、早川さんが連載している月刊誌が家に届いてその謎が分った。早川さんが描いている日常系特有の4コマ形式の漫画で僕をモデルにしたと思われる『少年』が主人公であるその義理の姉にとある理由で料理を振る舞う事になったのだが、料理をダイニングに運んでいる『少年』が得意満面の表情を見て、胸を打たれるというシーンがあった。


「つまりある種の『萌え』と、成長を喜ぶ気持ちがその表情から生じるんじゃないかと思ったのさ」


早川さんは補足した。現実にはコーヒーを淹れた僕の顔は無表情だったし、この作品のアイディアの方が先にできていてそれを実際に試したという事なのだろう。だが、僕としてはこう問わなくてはならない。


「…生じますかね?」


「り…理論上は…」


言葉を濁す早川さんであった。
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