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淡く脆い ㉖

6時半から少し遅れて芳井さんの待つ駅に到着した。既に何度か来ているのでだんだん勝手が分ってきているのか、正面出口のすぐ傍で待っていた芳井さんを容易に見つけることが出来た。手を揚げながら、

「ごめん、ちょっと遅れたね」

という言葉を掛けると若干ぎこちない反応で、

「あ、はい。大丈夫です」


と返してくれた。今日の服装はどちらかというと普段着のようで大分寒くなってきたのもあるけれどグレーのパーカーを羽織っている。その時自分の格好を意識して、仕事帰りのスーツ姿でここに来るのは初めてだと思ったりした。芳井さんもそれが気になったのか、


「スーツ姿を見るのは初めてですね。結構イメージが変わりますね」


「そうかな?」


「ええ、結構仕事できそうな感じに見えます」


そう言うと芳井さんは少しほほ笑んだように感じた。このあとに話す内容を考えるとリラックスした状態の方が話し易いだろうと思い自分も芳井さんに倣うように、


「芳井さんのそういう姿も結構いいね」


と褒めるように言うと少し不思議そうに、


「そうですか?ただの部屋着ですよ」


と返された。それを聞いて尤もだと思ったのだが、一方で自分にとっては何かが魅力的に見えた。何故そう思ったのかを考えながら芳井さんに促され歩きはじめる。今日は比較的ゆっくりとしたペースだった。


「今日は無理言っちゃったかな?急に芳井さんの家に行きたいなんて」


「いえ…今日はバイト休みだったんで部屋を綺麗にする時間もあって丁度良かったです」


「そう。でもさ」


続きを言おうとしたところで目の前の信号が赤に変わった。一旦立ち止まって周りを眺める。芳井さんのバイトに行っているコンビニから家がそれほど離れていないだろうという予想だったが、今のところ歩いたことのある道である。芳井さんがバイトしている姿を見ようと夜に歩いた時の事が思い出された。


「でも?」


芳井さんは途切れた言葉の先が気になったようだ。


「女の子が自分の部屋に…ってちょっと思ったりしてね」


場合によってはそう意識する事が変なのかも知れないけれど、時々顔を出す自分の中の常識だった。言葉の意味を確かめるような間があって、


「…気にし過ぎですよ」


と小さく呟いた声が通り過ぎる車の音に混ざって聞こえた。僅かにだが責めるような調子があったと感じたのは気のせいだろうか。信号が青になり、またゆっくり歩き出す。



「こっちです」


七宮公園を過ぎ、コンビニの方向から少し逸れた道に案内される。細い通りで時間帯を考えるとかなり静かである。知らない道に入って、不安にはならないものの段々ドキドキしてくる。


「ここから近いの?」


「ええ、すぐそこです」


と言って彼女が指さすのはそこそこ年季の入っている建物。よく見かけるタイプのアパートで「メゾン〇〇」と書いてあるのが確認できた。2階建てのアパートで部屋が幾つか並んでいるのが分る。


「へぇ、静かだし結構雰囲気がいいね」


静かなところというのは自分的にはポイントが高かった。学生時代に選んだアパートの周辺が少しうるさくてよく後悔していたからである。


「雰囲気は確かに良いですね。なるべく生活感がある所に住みたかったので」


「生活感?」


珍しい理由に思わず訊き返す。


「仕事以外の自分の生活に立ち返り易いようにって…」


「へぇ~」


自然と声が出た。おそらく演技という特別な時間から自分の生活に還るという事なのだろう。そこで芳井さんに促されてアパートの一室に招かれる。


「おじゃまします」


「どうぞ!」


家に帰ってきたからなのか明るい声で迎えてくれた。電気を点けてもらうとリビングの様子がはっきりと分る。思わず部屋を眺めまわしていると、


「本当に何にもないですよ…」


と少し恥ずかしそうに言う芳井さん。何もないとは言うけれど、整理が行き届いていてスッキリした印象だが色んな所に小物が飾ってあったりと綺麗な部屋である。中でも目を惹くのが2台の本棚である。一つには少し難しそうな書籍や小説と思われる文庫本、もう一つにはDVDがびっしり詰まっていた。


「いや…これは凄いよ…」


「いつの間にかこんなになっちゃったんです…」


その困ったような表情を見ていると、何となく事情が分かってくる。


「じゃあ、この辺りに座るね」


白い座卓の周りには3つほど座布団が敷いてあった。腰を降ろして一息つく。芳井さんはその向かいに座る。


「あの、そういえば夕食は済ませてますか?」


「いや、まだだよ。俺はそんなにお腹すいてないし…まず話をしたいかな」


「そうですよね。私も早く話したかったです」


そう言った彼女はこちらの目をじっと見つめている。悪い事をしたわけではないけれど彼女にとっては少し大変な事だっただろうと思って、


「ごめんね。なんか変な事しちゃって…」


という謝罪が口をついて出た。これに芳井さんは少し面喰ったようで、


「え、いえ…そんなつもりはなくって…元はと言えば私がいけなかったというか…」


「戸田くんって言ったよね。俺の方から説明しないといけないんだけど、戸田くんと俺の友達が大学が一緒で知り合いだったらしいんだ」


「あ…そういうことだったんですか。それで…」


明らかに何かを了解したらしい様子である。


「戸田くんがあのコンビニで働いてるって事を知って友達が話しかけたのが始まり。そこで芳井さんに告白しようという意思を伝えられたのを友達からメールで知らされて」


「そうなっちゃったら、気になっちゃいますもんね…」


芳井さんはその時何かを思いだしているように横の方に目をやっていた。


「そうだね。なんかお節介かもしんないんだけど、芳井さんもバイト辞めるだろうし、同性として想いを伝えられないのは後悔する事になるんじゃないかって思って」


「片霧さんらしいですね」


ほほ笑んでくれたけれど、どこか無理をしているようにも見えた。


「戸田くんに会った後、その日御堂さんにもあの甘味処で会ったんだ。芳井さんの家から帰ってくる時に寄ったみたい。御堂さんに芳井さんの気持ちを考えてないって感じの事を言われて、そうだなって思った」



「…戸田さんに伝えられた時、本当にそんな事一度も考えてなかったんです。色んな人を見てきたつもりだったけど、自分に向けられている事って気付けないものなんですね」



「芳井さんの為にって気持ちもあったんだ。うまく言葉では言えないけれどそういう経験って大事だと思うんだ」


「経験…」


「俺が言えたことじゃないのかも知れないけど芳井さんの自信になるのかもって…今考えるととんでもない身勝手な考えなんだけどさ…」


自分で言葉にしているうちに、段々自分がおかしなことをしたのではないかと思われてくる。


「でも、本当に身勝手なのかは分らないと思います。だって片霧さんは自分の為に動いていなかったような気がします。私の事を考えてくれていたのも分りますし…今は特に…」


「今は特に」と言った時にじっとこちらを見つめる目には力が感じられた。


「でも、もう自分では整理できてなかったよ。だって、もし芳井さんが戸田くんの告白を受け入れていたらって殆ど考えて無かったもん。あ…俺、それが聞きたいんだ…」


喋りながら矛盾のようなものを感じた。芳井さんと自分の関係にはどこか確信めいたものがあるのに、一方ではそれが脆いものなのではないかと疑っている自分がいる。もしかしたら、自分の行動は無意識にそれを確かめたかっただけなのかも知れない。そう思うと、何だか自分がただ取り繕っているだけのようにも感じてしまう。



「好きです」



一瞬自分の身に何が起きたのか分らなかった。目の前にいる芳井さんはじっとこちらの目を見てはっきりとそれを言った。恐る恐る彼女に訊ねる。



「そ…それって、戸田くんの事?」



彼女は首を振った。



「私がこんな気持ちだったら、告白なんて受け入れられるわけありませんよ。でも告白された時咄嗟に「好きな人がいるんです」って出てきて。自分でもはっきり言っちゃったから吃驚したんですよ」


そう言う彼女はどこか楽しそうである。だが少しして、


「片霧さんも不安だったかも知れないけど、私だって不安なんですよ。なんで、こんなにはっきり感じているのに確かめられないんですか?」



芳井さんがそれを言った瞬間の事はもう覚えていない。気付いた時には、芳井さんをこの腕に抱きしめていた。しばらくして、



「あ…。ごめんね。急にこんな事して。好きなのはずっとそうなんだよ。でもね、本当に一つだけ…」


「なんですか」


芳井さんは抱擁を受け入れていた。彼女の声は静かで穏やかだった。


「君には後悔してもらいたくないんだ。本当に俺にとって大切な人だから」


「後悔ですか」


同じように穏やかな声。


「じゃあ、後悔させないようにして下さいよ」


それはまるで甘えているよう。


「うん」


そう言って一層強く抱きしめた。
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