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掌のワインディングロード ⑮

有馬記念くらいは同世代のちょっと雑学が好きな子なら知っていると思う。『ウマジョ』という言葉も次第に広まりつつあるみたいで、今週仕事場でも一度「有馬記念が…」と誰かが言っていたのを聞いた。多分その次の日だったと思うけど、そのレースに出る馬の並びが書いてある『出走表』というものが発表された。しかも何気なくテレビを点けていたら、平日の昼間なのに順番を抽選で決める光景が放送されていたのである。その後ゆっくり起きてきたタラちゃんに訊ねてみたら、


「ああ、今年もなんですね。だんだん恒例になってきましたね」


と一言。もちろんそれだけでは何の事か分らないので詳しく説明してもらうと、


「確か去年とかその前位からだったと思いますけど、有馬記念を盛り上げる為に抽選の様子をテレビとかで放送するっていうイベントを行うようになったんです。もともと有馬記念って『ファン投票』で出走馬が決まるレースですからね」


説明の中に『ファン投票』なる言葉が入っていたけれどこれは一か月ほど前に説明してもらっていた。インターネットなどで一人10頭まで好きな馬を選んで、多い順から有馬記念に出走する資格を得るというシステムで、ずっと前から続いているらしい。私はまだ馬の名前もそんなに知らないので「ふ~ん」と頷いただけだったけれど、タラちゃんと勇次はしっかり投票していたらしい。投票すると抽選で何名かにプレゼントが当たるというので、今度はやってみたいなと思っている。



テレビに映し出されている会場には正装をした騎手や調教師などが参列し、少し緊張が漂っていた。タラちゃんの勧めでネットの公式ページに既に公表されている『出走登録』を確かめて参加者を確認してみると、この前の「ヨコスカパンドーラ」も登録されている事に気付いた。でも、不思議な事にテレビにはその関係者が映っていない。


「あ!回避だ!」


これはタラちゃんの声。その大きな声に自室で本を読んでいた勇次が何事かとリビングにやって来た。


「どうしたの?回避って聞こえたけど」


「今テレビで有馬記念の抽選をやってるんですけど、ここに予定していたヨコスカパンドーラの関係者の姿がないと思ってたら、今朝のニュースでヨコスカパンドーラの体調不良で有馬記念を回避するって発表されたみたいです」


「へぇ~、そういう事もあるのか…」


勇次は感心していたようだけど、私はそれを聞いて一気にがっかりしてしまった。というかさっきまでヨコスカパンドーラで『勝負』するつもりだったのだ。


「いやぁ…これは残念ですね。やっぱり有馬記念はドリームレースなので、強い馬は出てほしいんですよ。でも仕方がないです…」


タラちゃんも本当に残念そうだ。そんな中勇次は、


「お…アースサウンドはデルーカか!やっぱり日本語で喋ってるのが凄いな…」


若干マイペースのような。お気に入りがラウロ・デルーカらしいというのは何となく分かる。という事は勇次はこの馬を選ぶのだろうか?


「あ、ブロンドアクター!!そうか、ファン投票上位だったのか!」


と思っていたら、タラちゃんも急激にテンションが上がっていた。こちらの驚いた視線に気付いたのか少し照れながら、


「いやぁ、実はファン投票で上位に来ないと出走できないかもって囁かれてたので僕もこの馬に投票したんです。アルゼンチン共和国杯っていうGⅡで強い勝ち方をしていて、連勝中で、しかも父がスクリーンボーイという馬で、この前マイルCSを勝ったクライヴも…〇※×▼」


とだんだん饒舌になっていって、最後の方の説明はちょっとついて行けなかった。とにかくタラちゃんが注目しているのはこの馬らしい。テレビが順調に進み全頭抽選が決まったけれど、私はどうもどの馬も勝ちそうに思えて決められない。そんな中タラちゃんが、


「今週は忙しくって競馬の予想もあんまりできてないなぁ…毎日ニュースは見ようと思ってるんだけど…」


と小さく言った。確かに最近は毎日バイトに行って朝早く帰ってきているようで、起きてくるのが遅かったのも仕方ないと思う。私の方は意外ともう休みを取っているような人もいたりで変則的になっているけれど、今日は休みを貰っていた。


「あ、今日クリスマスイブか…」


タラちゃんが確認したように、今日はクリスマスイブだった。一応今日はこれから出掛ける予定。勇次が気合を入れてホテルの予約をしてくれたらしい。何となくドキドキしてくる。


「タラちゃんも大変だなぁ…こういう日にいつもと変わらない仕事って微妙にダメージあるよな…」


勇次は憐みではないけれど、かなり強い同情の眼差しをタラちゃんに送った。私も数年前まではそんな感じだったのでよく分かる。恋愛なんてどうでも良かった頃の私でさえ夜一人で静かに本を読んでいて、


<これでいいのか?>


と疑問に感じてしまうくらい、殆どの人がどこか浮足立っていて浮かれている。というか、私がそうなのだ。


「タラちゃんは、誰か一緒に過ごせる人って見つからないの?」


ちょっとデリカシーがないかもと思ったけれど、本心からタラちゃんを思いやっての言葉だった。タラちゃんだって幼い顔立ちだけれど結構整っていて、優しい人が好きな娘なら好きになるという事があると思うのだ。けれどタラちゃんはやはり照れくさそうに、


「まあ、俺みたいな状態の男だったら情けないって思うのが先なんじゃないでしょうか。趣味もちょっと受け付けないかも知れないし…」


と自分を卑下する。私は常識の部分ではそういう風に見られるという事が分っていたけれど、タラちゃんは何かが分っていないように感じた。


「情けないって事はないと思うよ。趣味だって、理解してくれる人はいるよ。それにタラちゃんは一杯いいところがある!」


気付けば少し大きめの声で断言していた私。自分でもここまで熱くなるとは思わなかった。最早タラちゃんは他人ではなくて『大切な弟』と同じようなものだった。普段の生活でも色々手伝ってくれることが多いし、何よりも私と勇次を理解しようとしてくれる。それは誰にでも出来る事ではないと思うのだ。


やや面喰っていたタラちゃんは「え…っと…」と言っていたけれどここで勇次が、


「タラちゃん。聡子が言うんだから自信持って良いと思うぞ。それに、好きになったらそんな事考えている暇なんてないぞ」


と加勢してくれた。勇次も多分私と同じことを考えてくれていると思う。


「誰を好きになる…」


何かを了解したように勇次に言われた言葉を口ずさんでいるタラちゃんが印象的だった。



夕方近くになって、私は勇次と出掛ける準備をしていた。派手になり過ぎないように、それでも出来るだけオシャレにそして、『可愛らしく』を意識して服を選んだら勇次が「かわいいね」と言ってくれた。そんな勇次もいつもよりも決まっていて、何もかも委ねてもいいというような雰囲気だ。もっとも、全部委ねるわけではないけれど。


「いってらっしゃい」


タラちゃんはどこかすっきりした顔で玄関で見送ってくれた。


「「いってきます」」


「あの…俺、ちょっと頑張ってみます!自分の出来る範囲で二人みたいな関係になれる人を探してみようかなって思います」



私はその言葉を聞いてちょっとだけ笑ってしまった。照れくさかったのかも知れない。



「きっと良い出会いがあるよ!」



そんな言葉を送りながら、玄関のドアを開けた。
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