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淡く脆い ㉗

「なんて送ろうかな…」


数日後、部屋で一人スマホと睨めっこしていた。過去に来た芳井さんからのメールを読み返しながら、あの夜を堺に変わってしまった二人の関係を確かめている。自分があれほどまでに積極的になれるとは思っていなかったが、芳井さんもそれまでとは全然違った表情で見つめてきたのがとても新鮮だったのもある。二人の関係も変化したけれど、自分自身も何か吹っ切れてしまったような感じである。


それでも変わり映えのしない自分の部屋で静かに過ごしていると、こちらから積極的にデートの誘いのような事をしてよいものか躊躇われてくる。そもそも彼女自身の問題は大きくは変わっていないわけだし、自分だけ浮かれるのも違うような気もする。けれどその一方で、他人としてではなく相手にとって特別な人間であるという認識で行動すべきだという気持ちがより強くなってくる。


「そうすると…」


その部分に思い至った時、自然に文面が出来あがっていた。


『今後の事についてちょっと話したいんだけど、ついでに何処か出掛けない?』


我ながら巧い方法だなと思った。その日はバイトだったらしく返信は遅くになったけれど、


『是非!ちょうど行きたい所があったんです』


と返ってきた。それを確認して『お疲れさま、おやすみ』と返信してから眠りについた。



秋も終わりに近づいていて、そろそろ厚着しないと支障が出てくるような時期になっている。朝の空はどことなく淋しげで、通勤途中に見かける並木の枯葉も少なくなってきている。昔はイベントの多い冬は嫌いではなかったけれど、本来の姿というのは厳しいもののような気がする。ただ、今年は何か違うのかも知れない。その日、同輩の田中と出社時間が重なって少しばかり会話が始まった。


「そういや例の娘とどうなった?」


「ああ、なんていうか…」


表情に出ていたのかそのリアクションで何かを悟ったらしく、


「おお、もしかして上手くいったのか!?」


と相手のテンションが急に上がった。若干気圧されつつも、


「うん。好きって言われちゃったしね…」


と答えたところ「ひゅー」とからかわれた。何故か嬉しそうなので悪い気はしなかったが、朝の時間なので静かにして欲しい部分もあった。


「じゃあ、今日の夜は祝勝会だな!」


「祝勝会!?お祝いって事?」


「お前の場合は何か『祝勝』の方が似合うよ。話を聞いてるこっちがもやもやしてたからな!」


そんな感じでいつものメンツで飲みに行く事が急遽決定した。



夕暮れ、繁華街にも寒い風が吹き抜けて一刻も早く暖を取りたくなってくるが、峰先輩も山口君も陽気に喋りながら店探しをしているので何だか不思議な感じである。峰先輩は、


「片霧くんのお祝いなんだからちょっと派手に盛り上がらないとね!」


とやはり上機嫌なのだが、自分の事でこんなに喜んでくれている仲間に囲まれていたのかと少し感動していた。


「なんか、個人的な事なのに祝ってもらっちゃって…」


いつものテンションで申し訳ないという気持ちになっていると何か諭すような口調で、


「片霧くんはもっと喜ぶべきだと思うよ」


と言われた。そういえば確かにそうだ。何故自分はこんなにも普通のテンションなのだろうかと逆に疑問に思えてきた。その後すぐに開いている店が見つかったので、そそくさと入店する。居酒屋の中でも比較的賑やかな方の店で、普段は静かなところを選んでいるのでこれも新鮮。間もなく乾杯が始まって、各々好き勝手に料理を注文してゆく。最初に話を振ってきたのは山口君だった。


「片霧さん。やりましたね!いやぁ…自分の事のように嬉しいですわ」


「ありがとう!山口君の方はなんかそういう話は無いの?」


「あ、俺っすか!?俺は今は猫に夢中ですからね」


「ああ、そういえば猫飼ってるんだもんね」


「猫は良いですよ!なにか荒んだ気持ちが癒されてゆく感じで」


この場では触れにくかったけれど山口君は前の彼女と別れてから寂しくなって猫を飼いはじめたという経緯があった。それがどういう気持なのか、ぼんやりとだが想像できるような気がする。


「犬も良いわよ~」


そこで妙に語尾を伸ばして峰さんが入り込んできた。


「あれ、峰さんって犬派だったんですか?」


と田中。ちょうどビールを飲み干したところだった。


「うん。わたし実家だからね、ずっと前から犬と一緒」


なんとなく意外な感じだった。


「みんな意外そうな顔してるけど、犬はね、人間の事を理解しようとしてくれると思うの」


「でも、そういえば美夏さんって従えるタイプなのかもなぁ…」


田中が何気なく言った事なのだが、若干微妙な表現だった。案の定、


「なによそれ!気が強いとでも言いたいの!?」


「え…そういうわけでは…」


ほぼ図星なのだろうけれど、それは決して悪い意味ではないと思った。なんとなく優柔不断になりがちな我々に適切なアドバイスを与えてくれる良き先輩。口が勝手に動いていた、


「あの、先輩には本当に感謝しています。後押しがあったお陰で、行動が出来たというか…」


その言葉にキョトンとした表情になる一同。そしてまた笑みが戻って、


「やっぱり片霧は面白いよ。なんか放っておけないっていうか、応援したくなるんだよなぁ…ふふ」


「片霧くんのそういう所が気に入ってるから、こうやってお祝いしてるんだよ」


「そうなんですか?俺は普通なんですけどね…」


「そう、普通。だけどそれを素直に表現できるっていうのは凄いと思う」


若干お酒が入っている影響もあるのかも知れないが、峰さんはゆっくりと場に居るそれぞれの人間の長所を挙げてゆく。田中については『男らしい所』、山口くんについては『優しい所』。それを語る峰さんを見ていて少し感動してしまった感じなのだが最後に、


「人っていうのは、やっぱり基本的なところは変わらないっていうのかな、三つ子の魂なんちゃらって言葉もあるけど、やっぱり持って生まれたものだと思う。そういう部分に惹かれるっていうのはさ、ある意味で運命的なもののような気がするっていうかね…」


どこか遠い目をして語っているのが印象的だった。芳井さんとはまた別の『大人』という感じの表情。


「運命ですか」


「そう。だから、どうにもならない関係があるって、そう気付いたら…」


その先の言葉を待っていたのだが峰さんはきりっとした表情でこちらに振り向き、


「とにかく、これからの方が大事なんだから、そこんとこ了解するのよ!」


と説教気味に言われてしまった。呆気にとられながらも、


「は…はい」


その説得力のある言葉にしっかり頷いていた。その日は珍しく二次会でカラオケに行く事になった。家で留守番をしているという猫の事が気になっている山口君の姿が印象的だった。
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