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淡く脆い ㉙

「まさか片霧くんがここに来るとはね…」


「いや、俺もまさかマリさんがこういう所に勤めていたなんて…」


どこかしっくりきていない感じの御堂さんの言葉に自分も意外だという気持ちを言い表すと、


「変?」


とちょっと不安そうな目で見つめられた。


「いいえ、イメージとぴったりですし何か合点がいきました」


すぐにこう答えたのだが、実際都会的で洗練されている感じのする御堂さんにはこういう場所がぴったりだと思ったし、芳井さんとこの町で出会ったのも御堂さんとこの辺りを歩くことが多いからなのだという想像がすんなりできた。


「ん…。それにしても…」


神妙な表情からも御堂さんは何か気になるようである。


「どうしたの?」


「やっぱり付き合いだすと雰囲気が変わるんだね」


「え…あ、まあ芳井さんもそれは伝えてるよね…」


「…嬉しかったので…」


見るからに恥ずかしそうに顔を伏せた芳井さん。このやり取りを見ていた御堂さんは少し「うーん」と呻って、



「なんかでもまだぎこちないね。特に片霧くん!」


「え…?俺ですか」


「ベタな事なんだけどさ、付き合っててまだ『芳井さん』って呼ぶのは何か余所余所しくない?私にはマリさんって言ってるし…」


指摘されて一瞬驚いたが確かにそうだなと思った。


「っていうか、マリの方が片霧さんと親しげじゃない?」


芳井さんはちょっと不思議そうにいう。これは例の甘味処で偶然出会った時に自分もちょっと感じた事である。なんというか恋愛対象にならないからこその安心感のようなあるのかも知れない。


「まあマリさんは気を遣わなくていい…というのか…そんな感じで…」


言ったところでこれは何か失礼かなと思って最後を濁した。すると御堂さんは店の中を少し気にしながら、


「つまり片霧くんに意識されまくってるってことだよ。里奈は」


と鋭い指摘をされた。まさにそれであるがゆえにまだ芳井さんの事を下の名前で呼べないのである。


「あ…そっか…」


芳井さんも納得した様子。若干恥ずかしい。しかしながら、


「でもそれを乗り越えて、ちゃんと名前で呼んで上げるっていうのが…ただまあこの人だからね…」


とこちらをじろじろ見るように御堂さんが言いかける。まるで自分には出来ないような言い方である。店内を少し見渡してもう少しくらいなら話せるかなと思い、


「でも、芳井さんの方も『片霧さん』ですよ」


と弁解すると芳井さんの方が意外そうな声で、


「え、だって片霧さんの下の名前、私聞いてないですよ?」


「「え!?」」


思わずハモってしまう。そういえば知っているものと思って教えていなかったかも知れない。何かぎこちないと言われるのもこれでは仕方ない。



「あの、確かに教えてなかったかも知れないですね。えっと下の名前は「達哉」って言います」


「タツヤ…」


確かめるようにそう呟いた芳井さん。すると次の瞬間芳井さんが何か意を決したように、


「じゃ、じゃあ、達哉さん!そろそろ行きましょうか」


と言われたので、


「え、ああ、そうだね里奈さん。仕事中だしね」


思わずこう答えた。余計ぎこちない感じなのが笑いを誘ったのか、御堂さんは吹き出していた。その後とりあえず店内の洋服を見て回る事にした。時々御堂さんも様子を見に来て、明らかに可愛らしくお洒落な洋服に「これカワイイでしょ」「これ良くない?」とちゃんと(?)接客もしてくれた。良いものがあったらしく芳井さんは上下で一点ずつ購入する事に決めたのだが、ここは自分の出番だなと思い。


「じゃあ、俺がプレゼントするよ」


と告げる。芳井さんは遠慮したけれど、御堂さんが「ここは買ってもらうところだよ!」とフォローしたのもあって会計は自分が済ませた。それから「里奈をよろしく」と御堂さんに見送られ店を出た。いかにもデートらしい展開だったので個人的に満足していたが、


「マリも喜んでくれてたみたいで、私も嬉しかったです」


という芳井さんの笑顔を見て更に充実した気分だった。


「ところで、これからどうする?」


本来ならば自分で計画すべきところなのだけど、慣れていないので思わず訊いてしまった。後でそれを反省したのだが、芳井さんの方も普通に、


「そうですね、とりあえずこの辺りを歩きたいです」


と言ってくれた。意図せずに町歩きのような感じになって時々気になったお店に入って商品を眺めたり、食べ物を見ていたのだが何かそれだけで十分に楽しい。以前二人でお互いによく行くところを紹介し合った時とは全然気持ちが違う。ただこうする事が目的のような気さえする。


「なんだかこうしてるだけで楽しいなんてね」


ほとんど意識せず素直な感想が出てきた。その言葉を聞いた芳井さんは、


「私もそうなんです!何ででしょうね!?」


とうきうきした表情でいたずらっぽく言う。


「『何ででしょうね?』って、そりゃあ…」


「そりゃあ?」


少し沈黙が訪れる。いや、答えは考えるまでもない事でこの表情だと彼女だってそれを分っているくせにわざと聞いているのだろう。多分「自分らしい」、つまり「片霧達哉」らしい事を望まれているのだと思う。ちょっとだけ損というのか、逃げられないというのかそういう感じである。


「好きな人と一緒に過ごしているからなんじゃないかな…」


多少一般論で誤魔化したけれどほぼダイレクトに伝えた。『我が意を得たり』という顔で「そうなんだ」と呟いて満足そうに先を歩き始めた芳井さん。これだと何かもやもやしてしまうので、


「里奈さんはどう思う?」


と訊く。我ながらこれはいい作戦だと思った。だが、芳井さんの反応は思ったのと少し違った。彼女が振り向いたときその表情が何かはっきりしない。眼差しはとても強かった。


「私は愛おしいんです。あなたが…」


思わず言葉を失って、どきどきしてしまった。いや『どきどきした』という表現さえこの場合似つかわしくないかも知れない。


「こんな時、君に何を伝えればいいんだろう…。僕は君を絶対に失いたくない」


この時、二人の間に周りと全く違う時間が流れていたように思う。それは劇のような情熱を伴った真実の告白だった。だがその張りつめた時間が自然に過ぎるとお互いの表情で吹き出してしまって、


「クサいですよ片霧さん」


とまたいたずらっぽく言われた。対して、


「だってあんな感じで言われたら答えるしかないじゃん…」


と嘆く自分。


「多分、私達似てるんだと思います。時々凄く真面目に考えちゃうところとか…」


「そうなんだろうね。でも何となく芳井さんが演劇の道に進もうと思った理由が分った気がしたよ」


「それは…」


「本当だからなのかもなって。普段は茶化しちゃったり、向き合わなかったりすることに真摯だとさ、あの張り詰めた時間の中に居たいなって思うのも、本当は望んでいる事なんじゃないかって」


「でも、私は…」


自分でも言うべき事ではないように思えるのに、彼女にとって何が良い事なのかを考えてゆくとそう言うしかなかった。


「今ならさ、君を支えられるんじゃないかって思ったりもするんだよ。君の本当に好きな事で」


「…私…」


彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。それが今にもあふれ出そうで、『僕』もだんだん気持ちがこみ上げてくる。不安そうに見つめる瞳に僕は「うん」と頷く。


「もう一度…追っても…いいんでしょうか…?」


それは頼りなく、壊れそうなほど脆い言葉だった。


「僕等は脆いかも知れない。でも淡い期待でもさそれを続けていったら、もしかして欲しい未来がやってくるのかも知れない」


「その未来に、達哉さんは…居てくれますか?」



僕は人目をはばからず歩道で彼女を抱きしめた。


「居るとも」



その言葉に彼女は安心したのか、そのまま静かに僕に身体を預けていた。
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