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淡く脆い ㉚

その日、芳井さんと食事を取りながら彼女が話したいと思っていた事をそこで伝えられた。今のバイトを辞めるつもりだという。戸田くんの事もあるけれど、仕事が見つかりそうだからそちらに集中した方がいいと思ったとのこと。それを伝えるつもりだった彼女からしてみれば今日のこの展開は思いもよらぬものだったのだが、どうせならお芝居に専念するという意味も込めて、バイトを辞め後日事務所に復帰したいと伝えればいいのではという事になった。


実際それを実行する段でやはり躊躇いがあったようだが、芳井さんを奮い立たせ、彼女は何とか復帰する事が出来た。幸い事務所の方も辞めてから日が浅かったのもあって歓迎してくれたそうである。生活の方の心配もあったという事を考慮して『同棲』という提案をもち出した時にはかなり緊張したけれど、『支えたい』という気持ちの現れだという事を強調すると、「私も出来るだけ一緒に居たいので、お願いします」と喜ばれた。



それから次の夏が来るまで並々ならぬ苦労と喜びとがあった。春ごろに戸田くんから一通の手紙が届いて、


『あの時はありがとうございました。里奈さんが頑張っているという事を知って、俺も本気で夢を追うぞと思いました』


と書いてあった時にはこれで良かったのだろうという自信が出てきたものである。折から芳井さん…里奈はとある演劇で主役ではないもののかなり重要な役に抜擢されその演技も評価され始めていた。お芝居を再開した当初はいわゆるちょい役しかなくて彼女の夢からは程遠かったのだが、それでもその時出来る最善の事を真剣にやり続けようとする彼女の姿に、現場からの評価が次第に高まった結果らしい。仲間には彼女は強くなったと評価されているらしい。家でだいぶ弱気になったりする彼女を見ていると、自分は頼られているんだろうなと思ったりする。



そんな自分も仕事場の先輩である峰さんや同僚から時々アドバイスを貰ったり応援されたりして、最近では里奈を支えると言った自分も色々な人に支えられているのだなと思うようになった。


ただ、当然ながら別れもある。


まさに一年前と同じような夏の日にあの場所で友人と待ち合わせをした。今回はいつもより早めにやってきた友人。


「よう」


「今日も暑いな」


もしあの日こんなに暑苦しくなく友人が少し早めにやって来ていたら、自分は腹を立てる事もなく彼と一緒に普通の休日を過ごしていたのだろうと思うと何か不思議な気持ちである。


「じゃあ行くか」


そう言って特に目的はないがブラブラ歩く。過去に歩いた事があるような道を辿ってゆく。


「明日引っ越しか?」


そう言うと彼は「ああ」と言った。父親の具合はそんなに悪くはなっていないらしいのだが、良い仕事を見つけたという事でこの夏にこちらでの仕事を辞め地元に戻る事になっていたのである。


「未練はないのか?」


この問いにどこか遠くを見るようにして「ああ」と言う友人。けれど、


「お前がこっちでしっかりやれるかどうか、ちょっとだけ心配だが、それを言っても始まらないからな」


「確かにお前には色々世話になった。長い付き合いだしな…」


しんみりした話になると思ってなのか友人はからからと笑い、


「別に今生の別れでもないし、お前だって地元帰ってきた時にはしっかり顔出せよ」


とおどけてみせた。


「分った」


そう答えると何か言い辛そうに、


「あと」


「なんだ?」


「結婚とかするようだったら、ちゃんと呼んでくれ」


と言った。それは今のところ考えては居ないけれど最近何となくだけれど状況的に外堀を埋められてきているように感じる。


「ん」


曖昧に答えておいた。そのまま歩いていてちょっとしたものに目が留まった。ある音楽店のモニターに『藍川愛美』というアーティストの新曲のPVが流れていた。一年前に握手会で彼女のCDを買ってから妙に馴染んだため、それ以後もチェックし続けていたのだが今度ライブがあるようで里奈と一緒に行ってみようかと相談していたところである。


「あれから一年なんだよな…」


時の経過を感じしみじみと言うと、


「あれからお前もちょっと変わったと思うよ。何ていうか積極的になった」


「そうか?」


あまり自分では自覚がなかったけれど、同僚からもよく言われる事だった。


「俺もあっちで良い出会いがあると良いなと思ってるよ」


そう言った友人は翌日の朝に発ったが、正直まだ実感が湧かない。というか今日は予定があって里奈もソワソワしていてそれどころではないというのが本当のところ。


「早く行こうよ。映画2本だから早めに行った方がいいし!」


「本当に2本見るの?ってかまだ流石に早くない?」


「そんなこと無いよ!ちょっと寄りたい所あるし」


「どこ?」


「秘密」


そんなやり取りをしながら急かされて駅まで移動する。彼女のたっての希望で映画を見に行く際には里奈が住んでいたシネマで見るという事が恒例化しているのだが、最近仕事のスケジュールも埋まりはじめていた合間にもそれまでと同じ量の映画を見たいという意思を譲らず、一日に2本の映画を見るという強行スケジュールとなった日曜。良い事なのだとは思うのだけれど、女優の他にも脚本家という夢を最近口にするようになっている。というか、それは里奈だけではなく『僕』も含めて二人三脚で叶えたいという夢らしい。何でも彼女に言わせると僕は文才があるとか何とかで、半ば強引に理論を叩きこまれ彼女の頭に思い浮かんだ筋を文章化する事を手伝わされている。その勉強の意味も兼ねて映画を一緒に観て批評するという訓練を行っているわけだが、大変な反面、新鮮で楽しくもあった。



移動中も他愛もないやり取りをしつつ、あの駅に到着する。その瞬間彼女の表情が変わったような気がした。歩き始めているうちにその方角から「寄りたい」と言った場所がすぐに分った。


「公園か…」


「そう。なんかここに来たくなるの」


「七宮公園」という立て板。


「いい公園だよね。雰囲気が」


「わたしね…」


そういって彼女はゆっくり語りだす。


「昔お芝居だけで良いって思ってたところあったかもしれない。でも、なんかそういうのだけじゃなくて、何にもしないでのんびり過ごせる時間が好きで、好きな人とただそのまま過ごせたら幸せだろうなって想像しながらあそこに座ってたの」


といって指さすのはいつか腰掛けたベンチ。朝の陽が射して爽やかな気持ちになる。促されるように座ると隣に里奈が座った。


「今の気分はどう?」


訊いてみた。


「いいね。やっぱり落ち着く。達哉は?」


「里奈と居れるだけで、俺は落ち着くよ」


「うん。そういうのも嬉しいんだけどさ、今はここを褒めてほしいかな」


その時ここには結構思い入れがあるんだなと思った。


「そうだね、前も言ったかも知れないけどできるものなら小説でも読んでたい気分だね」


実に正直に言うとちょっと大きな声で、


「ダメだよ!今日は映画をしっかり見ないと!!」


「何だよそれ!自分から言ったくせに!」


なんだか可笑しくなって笑いだしてしまった。でも何となくこういう時間というのも淡く脆いものなのかなとも思ったりする。そのままでいたいけれど実際は仕事の事で頭を悩ませる時間があったり、現実は次から次へと問題を運んできてそれに対応しなければならないという連続である。



そんな合間の、この脆さを秘めたこの淡い時間を本当のところ僕はこの上なく愛しているのかも知れない。


「そう言えばこの前マリがね」


もちろん、こうやって御堂さんの事を嬉しそうに報告する彼女の事も。


(終わり)
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