FC2ブログ

ステテコ・カウボーイ ④

今するべき事は何かなんて考えている暇があるなら、今出来る何かをしていた方が良いのかも知れない。そう思う一方で、出来る事も出来るというか凄く譲歩して出来ると言っているような気分にもなる。簡単に出来るというよりは努力してなんとかやれているような事ばかりではないか。


その気持ちに負けそうになりながら寝床から立ち上がる。一度は何もかも諦めたような状況からまた何かを見出してゆくのは、さすがに挫けそうになる。だからと言って最低限の事だけで完結してしまっては何かがいけないような気もしてくる。


『あの日』僕は自分の人生を見限った。というか、そのまま何も起こらないとしたらそれで仕方ないと納得できるくらいの状況には居た。思いもよらぬ何かが起ってしまったから、その覚悟さえも今ではぼんやりしてしまってはいるが、八方塞だった当時の自分に「何かが起るよ」と語りかけたとしても信じなかった。なぜ言い切れるかというと、僕は『未来』をもう信じていなかったからである。



「なんだい、またそういう顔をしているのか」



廊下ですれ違った早川さんに声を掛けられた。自分がどういう表情なのか鏡を見るまでもない事のように思われる。日常系アニメのほのぼのとした雰囲気に忍び込んでしまったとんでもない暗さだが、不思議な事に早川さんという存在自体がその世界観を断ち切ってしまう。



そもそもこの暗さは今朝見た悪夢に由来する。救いのない状況で終わってしまった夢があまりにもリアルでそちらの方が現実のようにさえ思えてくれば、早川さんという存在すら一瞬本物ではないようにさえ錯覚してしまう。まあ笑い話のように、錯覚なのは早川さんが存在しないという事であって、それは事実ではない。多分自分はまだ早川さんが存在するという事を心のどこかで信じ切れていないのだろう。



「まあ君の考えているような事はすぐに想像できるから、心配しなくてもいいよと言うべきなのだろうね」



彼女の「やれやれ」という表情は飼い犬を躾けるのに苦労するようなレベルの困惑で、少なくともそれ以上のものではない。自分の深刻さが愚かに思えるほど自然体である。


「いえ…その…何をしたらいいのかちょっと考えてしまって…」



その言葉に早川さんは「ふん」と頷くと、


「難しい問いだが、探すしかないと言えばそうだね。自分が納得できて、同時に納得できるようにもならなければならない。それには世の中がどういうものなのか知ってなきゃいけない。これではダメかね?」


もちろん僕自身世の中を知らないという事はなく、むしろどうにもならないという事を知ったから諦めかけたのだ。けれど確かに早川さんという人が居るという事は、あの時僕は知らなかった。


「じゃあ、世の中を知るには?」


甘えなのかも知れないが僕はそれさえ手掛かりを必要としていた。


「自論で良ければ答えるが、とにかく何かをするしかない。しかもなるべく穏当な事だね」


「じゃあ一日中、野原で寝転んでても良いんですか?」


「悪くはないが、学べることは少ないね。まあ猛烈に『無意味だな』と実感するか、野原で過ごす事の良さを実感するかだとは思うけれど」



「確かにそうですね。バカな事を言いました。すいません…」



「いや、バカなのかどうかは私にも分らない。私はあくまで想像で言っているだけであって、実際にやった事はないけれど、想像の段階でそんな事をしたくないと思ってるからそうしないだけさ」



意外な答えが返ってきて少し吃驚した。思わず、


「でも、普通はバカだと思いますよね」


「普通はね。でもそれはあくまで普通に過ごせている人にとってはそうなのさ。けれど絶望の淵にある人が自然の素晴らしさを実感して生きる気力を取り戻すような効果があるとすれば、それはその人にとってはバカな行動ではない。やや誇張はあるがね。まあ難しい問題だよ」



「えっと…」



自分ではとてもではないけれど思いつかない発想でこういう時でも豊かな想像力を発揮する彼女に崇敬すら覚える。だが同時に自分は今とんでもなくバカな事を訊いているのではないかという焦りが出てくる。


「あの…。野原には行きませんが、ちょっとその辺散歩してきます…」


「うん。行っといで。あ、そうそう」


早川さんはこの上なく嬉しそうな顔でこう言った。


「出不精な私の代わりに、その辺の様子を事細かく報告しておくれ」




そう言われてしまうとなんだか散歩でも重要な事のように思えてくるのだから上手いものである。僕は早川さんの漫画の題材になるような面白い事を探す様に近所を歩き始めた。更に言えばそういう気持で歩き始めると、面白い事がかなり身近に転がっている事に気付く。例えば目の前を横切った野良かと思った猫の首にはちゃんと赤い首輪がついていて恐らくだが丁度自分の家に戻ってきた所で、玄関の前でちょこんと座って待っていると家主が玄関の戸を開けてそそくさと中に入ってゆくのが見えた。


<猫も散歩するんだな…>


と思わず感心。その後流石にこれはどうでもいい部類の話だが、途中で電柱か何かの工事をしている所があってそこで誘導を受けた。そして朝食を採っていなかったのもあるけれど、途中で小腹が減って近くのコンビニに寄ったところ、この前早川さんが好きだと言っていたチョコミントのアイスが売っているのに気付いて気を利かせて2つほど購入した。お陰で帰りは急ぎ足になってしまったがアパートに戻って仕事部屋で作業をしていた早川さんの後ろから、


「あの、こんなものを買ってきました」


と声を掛けたところ物凄い勢いで振り返り手に持っているものを確認すると、


「お、気が利くね!冷凍庫に入れといて」


と言われた。作業が一段落した時に「アイスを一緒に食べよう」と言われて食べたのだが、実を言えば僕はこういうアイスはあまり食べた事がなかった。食べてみて食わず嫌いであることがはっきりと分った。すっきりとした味は結構病み付きになるかも知れない。食べながら散歩の成果(?)を訊かれたので話すと、


「あ~なるほどね。あそこの猫を見たのか。私がここに越してきたのは5年ほど前だが、その頃から見るよ。あと電柱の件だが、それは知らなかったね。何人くらい居たの?」


「えっと、4人だったと思います」


「なるほど、どういう工事だったのかちょっと聞いてみようかな…」


先ほどのようなシリアスな考えではなく、非常にいい意味でだけれど早川さんのような人が存在している事自体が奇跡なのではないかとさえ思えてくる。それは彼女を知れば知るほどそう感じる事である。



『あの時』の自分に早川さんのような人が存在するという事を信じさせるのは至難の業に違いない。それだけはやはり言えそうである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
普通のカウンター
投票
無料アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR