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ねこかわさんの動画(後編)

仕事から帰ってきてから定時の「ねこかわ」さんの動画を日課のように見始めて一か月程経った時、その日アップされたばかりの動画を嬉々として開いたら投稿者コメントの欄に気になる言葉が記されているのを見た私。


『もしかしたら少しの間更新が途絶えるかも知れません』



それは単純に一度休むという事なのか、それとも何か重要な意味が隠されているのかその時は分らなかった。勿論毎日の更新というのは大変な作業だし、ネット上では『失踪』というかたちの事実上の引退のような事もありがちな事。ファンも日課になっているから更新を楽しみにしてしまいがちだけど、テレビで取り上げられた日以降の動画の再生数の伸びは目を見張るものがあって、その重圧ももしかしたら影響しているのかも知れない。一言のコメントだけれど、色んな事を想像してしまった。ただ、動画ではいつもと変わりなく茶と白の猫のだらりとした愛くるしい姿が上手く編集されていて「ねこかわ」さんの声も普段と変わりがないように思えた。


一人夕食を食べながら、


「なんか気になるなぁ…」


と呟いてしまう。でもネットを介して私が出来る事なんていつものようにコメントを残すことくらいしかない。


『なにかあったんですか?』


というコメントは私以外の人からも寄せられていた。その次の日は土曜でやっぱりよく晴れた日だった。ちょっとだけすっきりしない気持ちのまま前と同じように書店兼CDショップに入店して、猫が出てくるような漫画を探す。毎日動画を見ているのもあって、この頃猫成分を欲しているなと自覚し始めているのだが普通のコミックにはあまりそういう種類の漫画はないらしい。


「やっぱりないかぁ…」


諦めてその場を離れようとした時、


「どういうのを探してるの?」


という聴きなれたハスキーな女性の声が聞こえた。慌てて声の方を振り返るとそこにはにこやかな表情で私を見ている「ねこかわ」さんが居たのである。あとで考えてみれば、同じ場所に行けば出会う確率が高いのだから奇跡でも何でもないのだけれど、私はその時運命めいたものを感じてしまった。


「あ、「ねこかわ」さん!私あれから毎日動画観てて、それで猫が好きになっちゃって、で猫が出てくるような漫画をですね!!」


伝えたい事が多過ぎて混乱した返答になってしまったけれど「ねこかわ」さんは分かってくれたらしく大きく頷いて、


「そうなの!ありがとうね。コメントしてくれてるもんね!あ、猫の漫画だったら4コマ漫画のところとかが良いよ」


と言い、そのまま私を4コマ漫画のコーナーに誘導してくれる。「ねこかわ」さんは慣れた様子でゆったりとした動作で背表紙を眺めて一冊の漫画を引き抜いて手渡してくれる。


「これ、おススメ。猫をよく観察してる本だよ!」


「あ、ありがとうございます。でも「ねこかわ」さん、なんか体勢が…」


私は「ねこかわ」さんの様子に違和感を覚えていた。先ほど腰を折り曲げるような動作をした時に、手を腰に添えるようにしてちょっと不自然な姿勢で背表紙を見ていたのだ。


「うん。実は腰が痛くて…ちょっと前から気にはなってたんだけどだんだん酷くなって。医者に行ったらさ椎間板ヘルニアっていう病気らしいんだ」


「え…?ヘルニアですか!?」


病気の事はあまりよく知らなかったけれど、その言葉はどこかで聞いたことがあって確かかなり痛いというイメージだった。


「今度手術する事になったんだ。ちょっと入院しなきゃいけなくて…」


「ええ…!それは大変じゃないですか!あ、そうか。だから動画の更新…」


「うん。家の猫の方は実家の方に預かってもらおうかなって思ってるんだけど、病院には連れていけないしね…」


「そうでしたか…それなら仕方ない…」



私はショックを受けていたけれど「仕方ないですよね」と言おうとした瞬間、それこそ私にとってはきゅうりにはちみつをかけて食べるような狂気ともいうべき考えが咄嗟に浮かんでしまった。



「あの…もしですよ…もし、私がその間代わりに「ねこかわ」さんの動画を撮るって言ったらどうします?」


あとで聞くとその時私はかなり神妙な顔つきだったらしい、ねこかわさんは最初驚いたように私を見つめて「え?」と笑いかけていたけれど私が真剣だと悟るや否や、


「も、もちろん、そうしてくれたら有難いんだけど…動画の編集がね…あ…でもそうか…」


「どうしたんです?」


「いや、君が撮ってくれるんだったら入院中でもノートPCがあれば編集できるから、公開する事は出来るといえば出来るなって思って…でも、、、」



「ねこかわ」さんは躊躇っているようだった。客観的に考えてみればそれほど面識のない人に頼むというのもなかなかハードルが高い。<やっぱり無理だよね>と思いかけたその瞬間、


「うん、でもかなり面白い試みかも知れない!!」


と「ねこかわ」さんは表情をぱっと輝かせた。それはまるで、こう言っては失礼かも知れないがいたずらを思いついた少年のような表情だった。


「え…じゃあ」


「うん。私の中では計画が出来たよ。実は今日ここに来たのは入院中に読む本でも探そうかなと思ったんだけど、編集をするなら別に買わなくてもいいしね。よし、思い切ってお願いしよう!」



そこからは物凄いとんとん拍子で私がこれまで経験どころか考えていなかった事が起った。まず「ねこかわ」さんの家に案内され、その日の動画の録画を見せてもらう。「ねこかわ」さんはそれをPCに取り込み私にはチンプンカンプンな作業で黙々と編集をしてゆく。


「要するに、このパソコンにカメラを接続して動画を取り込んだら、それをネット上のここのサイトに一旦アップロードしてもらいたいんだ。それをノートの方でネットでダウンロードして、それを編集するという感じかな。アップロードにちょっと時間が掛かっちゃうかも知れないけど、まあ大丈夫でしょ」


「ねこかわ」さんの指導によって、何となくやり方を理解した私。試しに猫の動画を取らせてもらったけれど、なかなか難易度が高いという事に気付く。


「カメラを回したままでなるべくゆったり動かす感じかな。この子も君が来た事にちょっと驚いてるけど、それが入院中にどんな変化を見せるか楽しみだよ」


彼女の計画では、私が「ねこかわ」さんの家の猫である『ルル』に慣れ、『ルル』が私に慣れてゆく様子を見せたら新鮮な動画になると思うとの事。なるほどなと思った。



そして計画は後日実行に移された。仕事終わり「ねこかわ」さんの家に直行して、預かった合鍵でドアを開ける。主人の帰りを待っていた『ルル』は最初かなり警戒していたけれど、既に何度か「ねこかわ」さん宅を訪れていたので次第に慣れ始めて、餌や水を取り替えて猫用のトイレの掃除をしたりして撮影の準備を始める。動画の容量を考えて6時半頃から30分ほどの長さで撮るようにと頼まれていたので、自分としても工夫しながら『ルル』が可愛く映るように、そしてこれも重要で、時々何か喋りかけてくれとの事だった。


「ルル、良い子ね~」


自分でも緊張と慣れない感じの猫なで声が出てちょっと笑いそうになってしまう。色々苦戦しつつも初日の分は何とか取り終え、「ねこかわ」さんにメールで連絡する。その後、パソコンから動画を一旦ネットにアップロードする。ファイルが大きくて予め何個かに分割しておいた方が良いからというアドバイスがあったけれど確かに時間が掛かった。なんとか終えて名残惜しいけれど『ルル』を置いて自宅に戻る。


『今日手術終わって、ちょっと安静にしないといけないけど明日にはアップロードできると思う』


就寝前にこんなメールが届いた。翌日、私はいつもよりも2時間程早く起きた。「ねこかわ」さん頼まれて居た事で、朝に「ねこかわ」さんの家の『ルル』の様子を見てもらいたいとの事だった。幸いな事に彼女の家と私のアパートの距離が結構近いので特に問題なく『ルル』に会いに行けた。『ルル』はちょっとだけ寂しそうに見えたけれど、ご飯を取り替えたり、撫でであげたりしていると満足したのかベッドに向かって眠りはじめた。



昼ネットで動画を確認すると、ちゃんと編集され字幕の入った私の動画がアップされていた。投稿者コメントには、


『入院中ですが、友達に頼んで何とかアップロードできました』


とあり視聴者からも温かいコメントが続いた。お手伝いができたという実感が溢れ、嬉しくなる。その日も同じように『ルル』の面倒を見ながら動画を撮った。2日目でだんだんコツが掴めた気もするし、『ルル』の方もだんだん懐いてくれているような気がする。



一週間ほどそんな生活が続いた。「ねこかわ」さんは術後の経過もよくリハビリを終え、退院する運びになった。彼女からは、


『一週間、本当にありがとう!また遊びに、ルルに会いに来てやってよ』



というメールが届いた。「ねこかわ」さんは退院したその日からまた毎日動画をアップロードしている。事情を知った視聴者から「退院おめでとう」という温かいコメントが届いたけれど、ちょっとだけ私も嬉しいコメントが。



『あのお姉さんもまた登場してほしいなぁ~』



あの一週間の動画を見返す私。そこにはラブコメのようにではないけれど、突如、猫と一つ屋根の下で暮らす事になったストーリーが展開されている。
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