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掌のワインディングロード ⑲

僕は生来期待する事が少ない。『タラちゃん』という呼ばれ方の理由である「もしかしたら」という口癖も期待というよりは期待の裏にある懼れのようなものの表れで、常識的な視点からなら十分期待できるときでさえも万が一の不安の方が気になってしまう。昔は悪い癖だと思っていたけれど、大井さんと細井さんはそれが良い所だと言われ、最近ではそれも悪くないかなと思えるようになってきた。


けれど、まるで経験のない事で「もしかしたら」という淡い期待を抱くことは未だにできない。様々な事を考慮した末の普通だったら感じられないような可能性に一度賭けて失敗した事があるからだ。それも進路の事だったから影響が大きく、それ以降かなり苦労して軌道修正を図らなくてはならなかった。具体的には大学で選んだ学部である。もともと理系の度が強い自分だとは思っていたけれど、いつの間にか心理学への憧れが強くなっていて、高校時代は安易にそういうものを利用すれば自分の悪い所がどうにかなるかも知れないと考えてしまったところから文転したことに始まる。



大学で心理学を専攻できるような学科に入れたところまでは良かった。けれど、実際に勉強してみて思い描いていた内容とは悉く喰い違っていた。多分相性の問題だろう、一般教養がある一年目はなんとか描いた通りのキャンパスライフだったのだが学科の専門の教科が増え始める2回生の頃から暗雲が立ち込めてきた。率直に言えば学んだことがあまり頭に入ってこないのである。というより学問で常識とされるところが受け入れられなくなっていった。


同じ学科の数少ない友人からは、


「哲学科とかの方がいいんじゃない?」


と言われたけれど、どうもその先も泥沼のような想像しか出てこなかった。勿論そこで4年間学んでいけばそれなりに何とかなったかも知れない。けれど次第に講義よりも図書館で自分が学びたい事を勝手に探してゆくようになり、結果的には自分が何を必要としているのかも分らなくなってしまった。そもそもは自分の選択だから、その自分の選択が信じ切れなくなったところで学ぶ意欲はなくなっていたのかも知れない。その反動で始めた今のバイトに明け暮れるようになり、いつの間にかフェードアウトしたという表現が正しいかも知れない。



何の因果か今の接客業は忙しいし心身ともにキツイ部分もあるけれど、その分「仕事をした」という充足感があった。僕は研究されたことを学ぶよりも実際に活きた場で働きながら色んな事を経験して学んでゆくタイプなのだと自分で分析しているのかも知れない。その生き方に疑問がないわけではないけれど、もしかしたら大井さんと細井さんとの出会いのように、そうしなければあり得なかった事を僕は経験しているのかも知れないと、ほんの少し肯定的に捉えることもある。




でも期待はしていない。これ以上の何かがあるとしたら、それこそ「もしかしたら」のレベルになってしまうからだ。そんな僕に、ほんの少しだけ何と言ったらいいのか分らない事が起った。それは1月の後半に珍しく平日の日中街を歩いていた時の事。



「あれ、加賀見くんじゃない?あたしの事覚えてる?」



突然声を掛けられた。一瞬警戒したがどことなく知っている顔だったので少し近づいてみる。


「あ、もしかして高校の…確か吉永さん?」


「うん。高校で2年まで同じクラスだった吉永映見」



記憶は正しかった。高校で文転する前に理系のクラスで結構話をしてくれていた吉永映見さんはいかにも学生といった感じの出で立ちで一人で歩いていたようである。



「今なにしてるの?大学確か文系の方に行ったんだもんね。私は女子だと珍しい数学科に行ってるの」


「頭よかったもんね、吉永さん。俺の方はいまダメダメな感じだよ。大学も辞めちゃったし」



「え…?なんで?」



あまり深刻にならないように軽い感じで答えたのだが、映見さんは信じられないといった様子で僕を見ている。


「あ…ごめん。ちょっと意外だったから…で、今仕事とかしてるの?」



多分僕の様子を見て何かを思ったのだろう、気を取り直すように質問された。



「うん。まあバイトだよ。あそこ等へんにある居酒屋でバイト」



「ふーん…でもまあ元気そうでなにより…かな?」



「元気だと思うよ。そっちはどうなの?」



「あ、うん。今度4年になるでしょ?就活とか嫌だなと思いつつ、院とかに進学するのも手だなって相談してる所なの」



「へぇ~。結構院に進学する人って多いんだね」



「ん?その言い方だと、何か知り合いにも居るみたいな言い方だよね」



そこで僕ははたと気づいた。確か吉永さんは分析力が鋭くて会話の端々に頭の回転が早そうなところを窺わせていたけれど、それが余りにも鋭すぎるからか、或いはもともと女性が少ないクラスだったからなのか同性とあまり会話している所を見た事がなかった。



「うん、まあ身近にいるからね。文系の方で院に進んだ人」



「…そうなんだ。その人も女の人?」



「そうだよ。27歳だったかな」



「それってバイト先の先輩って感じ?」



さすがにルームシェアをしているという事を伝えるのはためらわれたので、



「そんなところ」


と言っておいた。



「ふーん…」



ただ相手は何かまだ気になっている様子。続けざまに彼女はこんなことを言い始めた。



「ところでさ、私最近人とあんまり話してなくてさ、もし時間があれば話し相手になってくれない?」


「え…?急に?」


「ちょっとその辺の店に入ってさ、ダメかな?」



正直にいえば僕は高校時代吉永さんに良い印象をもっていた。異性を意識し過ぎる僕にとっては特に気兼ねなく話が出来る相手として吉永さんのような人は貴重だった。そういう理由もあって、バイトまでの時間その辺りの喫茶店で話をしようという事になった。高校時代の思い出とか知り合いの進路とか近況などを聞いている間に、同じ世代の人の関心はやはり進路の事で一杯になっているんだなと実感する。その路線から早々に離脱してしまった自分にとっても吉永さんの話は刺激的だったし、吉永さんも自分の話をするだけではなくて僕のたわいもない話もじっくり聞いてくれている。


「うん。競馬好きだったよね。わたしもさ最近ちょっと興味あるんだよね。ネットのニュースで知ったんだけど、何年振りかで女性の騎手がデビューする予定だとか」


「え、よく知ってるね。藤さんっていうらしいんだけど、男ばかりの社会でどんな活躍をするか期待されてるみたい」


「そう。その『男ばかりの社会』って、まさに今自分がいる環境と似てるなぁって思って」


「ああ、そういえばそうだね。数学科に女の子なんてあんまり居ないもんね」


「しかも院に進学ってなると、かなり減るの。だからちょっと不安になってくる事もあってね、そんな時にそのニュースを見たら、なんか勇気づけられたっていうか…」


「なるほど…」



競馬というのは昔のイメージよりも大分改善されているし、こうやって一般の人が注目するような話題も時々出てくるようになった。もともとの競馬好きの人からすればそれはちょっと嬉しい事でもある。話が結構盛り上がって僕も歳相応の感覚を取り戻したような気がした。吉永さんの話で興味深かったのは大学のサークルでゲームを作ってたりしているという事で、「一応プログラミングの勉強も兼ねてて」とさすが考えてるなと思った。別れ際、形式的なものかも知れないが連絡先を交換し合って、


「もし何かあったら連絡してね!お互い頑張りましょう!!」



と言われた。それほど重要な事ではないけれど後で大学の名前を聞いておくべきだったかなと思ったりした。
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