ステテコ・カウボーイ ⑤
「君は子供の頃、どんな子だった?」
一緒に夕食を食べていた時、早川さんは唐突にこんな事を訊いてきた。ただその時は「唐突」だと思ったけれど同居し始めて半年近くともなればお互いの事をもう少し知っておいた方がいい頃だし、彼女はそういう話が出来る頃合いを見定めたうえで訊いてきたのだろうと思う。
「う~ん…自分の事はよく分からないんですが、今よりも変な奴だったと思います」
「今よりも?まあ私は個人的には君の事を変な奴だとは思っていないがね」
「まあ、変な奴っていうか変な事ばかり考えていたような気がします」
「例えば?」
「笑いませんか?」
「笑わないよ。苦笑するかも知れないけど」
真顔でそれをいう早川さんは僕から見ても大分変な人だと思ったけれど口にはしなかった。「…まあいいですけど」と気を取り直して、
「エイリアンの身体は何でてきているか考えた事ありますか?」
と話を振ってみる。
「ん?エイリアンの身体かい?」
流石に想定外の質問だったからか若干戸惑っているように見えた。それでも、
「そういえばないな。というかその前にエイリアンが居るかどうかを考えるよね」
「ええそうなんですけど仮にエイリアンが居るとした場合に、身体がどういう風に出来ているか考えられる可能性を絞れるんじゃないかなって思いまして」
「ほぅ…なかなか面白い考え方だね」
「それを考えたのは中学校の頃で当時理科で習った生物の「細胞」という概念を知ったので、同じように細胞で出来ているとすれば、水分とかタンパク質とかって普通に持ってそうだなって思ったんです」
「なるほどなるほど」
早川さんは案外興味深そうに話を聞いている。
「で、それから?」
「えっと、それで終わりです。僕の結論は少なくとも水分とタンパク質は含まれているだろうというものでした」
「え…?」
早川さんは僕の結論を聞いて唖然としている。まるでそれが信じられないものを見るような具合だから少し焦った。
「え、って中学生だからそんなものじゃないですか?それ以上は想像出来ませんでしたよ」
「うん…まあ分るんだが、君はその結論で満足したのかい?」
「自分としてはそうですね」
「う~ん…かなり勿体ないなぁ…」
彼女はそこでコップに注いでいたビールをグイッと飲み干した。そこそこ酒豪の気がある早川さんだが普段は仕事に支障がない程度に抑えている。たまたま今日が原稿を仕上げた日だったので、今日は既に缶ビールを2つほど開けている。一方、僕は最近好きになった梅酒をちびちびとやっている。
「勿体ないってどういう意味か訊いていいですか?」
「文字通りだけど普通はそこから想像が膨らんでって、具体的なイメージになってイラストを描いたりできるような気もするんだけどね。君はそうじゃないのかい?」
「ああ、僕は絵心があるけど下手糞なので無理ですね」
「絵心はあるのか…」
「ええ、ギャグ漫画に出てきそうな独特のキャラクターまでは書けるんですが、リアルな絵とかになるとアンバランスになって、イメージと喰い違っちゃうというのか」
「なるほどね。分かるような、分らないような…じゃあちょっと待ってて」
と言って早川さんはテーブルを立ったと思ったら仕事部屋から紙を数枚とペンと一本持ってきた。そして、
「一応だけど君の絵を見てみようと思って」
と告げた。そういえばこういうのは初めてだ。プロの漫画家から見るとどういう評価になるのか少し興味が湧いたのもあって比較的書きなれているキャラクターと、似顔絵のようなリアルな画をそれぞれ書いてゆく。途中「ほうほう」という感心した声が耳元で聞こえたが、次第に無言になってゆく。完成した絵を見て一事。
「うん。君の分析は当たっているよ。多分早くから独自のスタイルを確立してしまっているから崩せないんだろうね。こうなんというか書きなれている方は迷いがないんだが、この似顔絵は…」
「やっぱり下手糞ですよね…」
「まあ小学生並みだろうね。一つ言えるのは目に生気が宿ってないからちょっと気味が悪いよ」
「美術の先生によく言われました…」
「まあ似顔絵というのは一つのデフォルメなわけだし、貸してごらん?」
すると早川さんは余った紙になめらかな線で顔を描いてゆく。次第にそれは見慣れた顔になって、
「あ、これ僕ですね」
「うん。君の顔はあんまり特徴がないんだけど、鼻と目を強調すればそれらしくなるんだ」
出来あがったのは僕の顔だった。確かに写実的ではないかも知れないが似顔絵として、そして早川さんのスタイルで僕をきちんと描いてくれている。
「うわ~さすがプロですね…。あの、その絵貰ってもいいですか?」
「え、いいけど、こんな落書きでいいの?」
多分無意識に自分の本音が出たのであろう、この『落書き』という発言を絵が上手い人が言うと僕の全力を軽く超えてくるから若干イヤミ臭くなるという事を、早川さんはあまり気にしていない。
「絵が巧いって何なんだろうなぁ…母親は結構絵が巧くて「感性の問題だ」って言ってたけど、それはある意味才能じゃないのかなって思うんだけど…」
「ふふふ…母君の話がはじめて出てきたね」
「あ…そうですね」
この日の話はここまでなのだが、後日早川先生のツイッターを少し見ていたところ『エイリアン』という呟きとともに一つの絵…落書きがアップされていた。
「うわ…めっちゃ本気ですやん…」
思わず変な言葉が漏れてしまったが、それはありきたりな宇宙人という感じではなくて完全にクトゥルフ的な要素が散りばめられたかなり厳つい生物の絵だった。ちなみにその絵を気に入った人からのリプライに、
「このエイリアンの身体には水分とタンパク質が含まれていると思われます」
と謎のメッセージを返していたが、この場合水分と言っても「塩酸」とかじゃないのかなとか思ったりした。
一緒に夕食を食べていた時、早川さんは唐突にこんな事を訊いてきた。ただその時は「唐突」だと思ったけれど同居し始めて半年近くともなればお互いの事をもう少し知っておいた方がいい頃だし、彼女はそういう話が出来る頃合いを見定めたうえで訊いてきたのだろうと思う。
「う~ん…自分の事はよく分からないんですが、今よりも変な奴だったと思います」
「今よりも?まあ私は個人的には君の事を変な奴だとは思っていないがね」
「まあ、変な奴っていうか変な事ばかり考えていたような気がします」
「例えば?」
「笑いませんか?」
「笑わないよ。苦笑するかも知れないけど」
真顔でそれをいう早川さんは僕から見ても大分変な人だと思ったけれど口にはしなかった。「…まあいいですけど」と気を取り直して、
「エイリアンの身体は何でてきているか考えた事ありますか?」
と話を振ってみる。
「ん?エイリアンの身体かい?」
流石に想定外の質問だったからか若干戸惑っているように見えた。それでも、
「そういえばないな。というかその前にエイリアンが居るかどうかを考えるよね」
「ええそうなんですけど仮にエイリアンが居るとした場合に、身体がどういう風に出来ているか考えられる可能性を絞れるんじゃないかなって思いまして」
「ほぅ…なかなか面白い考え方だね」
「それを考えたのは中学校の頃で当時理科で習った生物の「細胞」という概念を知ったので、同じように細胞で出来ているとすれば、水分とかタンパク質とかって普通に持ってそうだなって思ったんです」
「なるほどなるほど」
早川さんは案外興味深そうに話を聞いている。
「で、それから?」
「えっと、それで終わりです。僕の結論は少なくとも水分とタンパク質は含まれているだろうというものでした」
「え…?」
早川さんは僕の結論を聞いて唖然としている。まるでそれが信じられないものを見るような具合だから少し焦った。
「え、って中学生だからそんなものじゃないですか?それ以上は想像出来ませんでしたよ」
「うん…まあ分るんだが、君はその結論で満足したのかい?」
「自分としてはそうですね」
「う~ん…かなり勿体ないなぁ…」
彼女はそこでコップに注いでいたビールをグイッと飲み干した。そこそこ酒豪の気がある早川さんだが普段は仕事に支障がない程度に抑えている。たまたま今日が原稿を仕上げた日だったので、今日は既に缶ビールを2つほど開けている。一方、僕は最近好きになった梅酒をちびちびとやっている。
「勿体ないってどういう意味か訊いていいですか?」
「文字通りだけど普通はそこから想像が膨らんでって、具体的なイメージになってイラストを描いたりできるような気もするんだけどね。君はそうじゃないのかい?」
「ああ、僕は絵心があるけど下手糞なので無理ですね」
「絵心はあるのか…」
「ええ、ギャグ漫画に出てきそうな独特のキャラクターまでは書けるんですが、リアルな絵とかになるとアンバランスになって、イメージと喰い違っちゃうというのか」
「なるほどね。分かるような、分らないような…じゃあちょっと待ってて」
と言って早川さんはテーブルを立ったと思ったら仕事部屋から紙を数枚とペンと一本持ってきた。そして、
「一応だけど君の絵を見てみようと思って」
と告げた。そういえばこういうのは初めてだ。プロの漫画家から見るとどういう評価になるのか少し興味が湧いたのもあって比較的書きなれているキャラクターと、似顔絵のようなリアルな画をそれぞれ書いてゆく。途中「ほうほう」という感心した声が耳元で聞こえたが、次第に無言になってゆく。完成した絵を見て一事。
「うん。君の分析は当たっているよ。多分早くから独自のスタイルを確立してしまっているから崩せないんだろうね。こうなんというか書きなれている方は迷いがないんだが、この似顔絵は…」
「やっぱり下手糞ですよね…」
「まあ小学生並みだろうね。一つ言えるのは目に生気が宿ってないからちょっと気味が悪いよ」
「美術の先生によく言われました…」
「まあ似顔絵というのは一つのデフォルメなわけだし、貸してごらん?」
すると早川さんは余った紙になめらかな線で顔を描いてゆく。次第にそれは見慣れた顔になって、
「あ、これ僕ですね」
「うん。君の顔はあんまり特徴がないんだけど、鼻と目を強調すればそれらしくなるんだ」
出来あがったのは僕の顔だった。確かに写実的ではないかも知れないが似顔絵として、そして早川さんのスタイルで僕をきちんと描いてくれている。
「うわ~さすがプロですね…。あの、その絵貰ってもいいですか?」
「え、いいけど、こんな落書きでいいの?」
多分無意識に自分の本音が出たのであろう、この『落書き』という発言を絵が上手い人が言うと僕の全力を軽く超えてくるから若干イヤミ臭くなるという事を、早川さんはあまり気にしていない。
「絵が巧いって何なんだろうなぁ…母親は結構絵が巧くて「感性の問題だ」って言ってたけど、それはある意味才能じゃないのかなって思うんだけど…」
「ふふふ…母君の話がはじめて出てきたね」
「あ…そうですね」
この日の話はここまでなのだが、後日早川先生のツイッターを少し見ていたところ『エイリアン』という呟きとともに一つの絵…落書きがアップされていた。
「うわ…めっちゃ本気ですやん…」
思わず変な言葉が漏れてしまったが、それはありきたりな宇宙人という感じではなくて完全にクトゥルフ的な要素が散りばめられたかなり厳つい生物の絵だった。ちなみにその絵を気に入った人からのリプライに、
「このエイリアンの身体には水分とタンパク質が含まれていると思われます」
と謎のメッセージを返していたが、この場合水分と言っても「塩酸」とかじゃないのかなとか思ったりした。
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