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ステテコ・カウボーイ ⑥

早川さんは漫画家だけれどそれは常に人と関わる仕事ではない。家に居て黙々と作業している事が多い必然として誰かと会っているという場面もとんと目にしない。唯一の例外で編集者で早川さんのペンネームである『可換環』の担当である吉河を名乗る女性が時々家に上がる事があるけれど、彼女には僕の事は何となく知らせていたらしく初対面で、


「アシスタント見習いの人ですよね、お話は伺ってます」


と言われた時は、<あ、話を合わせた方がいいんだな>と思ってそれらしい感じで自己紹介しておいた。予想外でドギマギしてしまったのがその編集者がかなり若く見え、しかも自分好みの優しそうな女性だった事である。ダメ人間を自認しているわけではないけれどダメなのは自覚しているからそこを指摘するような世間の厳しい言葉に腐りそうになるけれど、この吉河さんは全てを包み込むような聖母のようなほほ笑みを自分にさえ向けてくれるので癒される反面、危険だなとも思っている。なぜ危険なのかと言うと、そこに安住して勘違いしてしまいそうになるからである。そもそも『アシスタント見習い』という肩書ですらないし、正真正銘の無職で申し訳程度に家事や雑用しているようなものだ。


「こんにちは、今日は先生どうですか?」


今月も締切が近づいた頃に早川さん宅を訪れた吉河さん。育ちが良いのかマナーがしっかりしているのかよく磨かれた革靴を綺麗に玄関で整え落ち着いた様子で一礼してから廊下に上がる仕草は自分と同じ世界の住人ではないかのよう。


「はい。早川さ…先生は今仕上げの段階だそうで今も仕事部屋です」


「では、一段落するまで中で待たせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、大丈夫だと思います」


「では失礼します」


黒いビジネススーツで後ろ髪を一つにまとめているといういかにも編集者らしいスタイルは今日も相変わらず。居間に腰掛けた姿を見て<これは自分の仕事の筈だ>と言い聞かせるようにお湯を沸かせる。


「コーヒーがいいですか?それともお茶にしましょうか?」


声量に気を付けながらキッチンから声を掛けると、


「ではコーヒーをお願いできますか」


と返ってきたので腕の見せ所だなと思って散々早川さんに仕込まれた通りに豆を電動ミルで挽いてコーヒーを淹れる。『先生』の仕事場にも持っていった方がいいだろうなと思い余分に作っておいた。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとうございます。いつも美味しいコーヒーをありがとうございます」


お礼を言われる程の事ではないのだがいつも出されたコーヒーをしっかり飲んでくれるあたり、意外と気に入ってくれているのかも知れない。早川さんにコーヒーを持ってゆくと、


「ああ、ありがとう。お客さんは吉河さんでしょう?」


と訊ねられたので、


「そうです。今待ってもらってます」


とまるでそれなりにしっかり取り成しているような感じなっているのが自分でも不思議だった。同じことを感じたのか僕を見てニヤニヤ笑っている早川さん。また居間に戻って何となく世間話のような事をしながら早川さんを待つ。


「あの…金成さん(僕の苗字)は大分慣れましたか?」


勿論話していれば取り繕わなければならない場面も生じてくるわけでここはとりあえず、


「ええ。なんとか…」


と誤魔化したのだが、こういうのを続けていても針の莚に近いというか出来る事なら正直に言ってしまいたい欲求に駆られる。けれど真実を話してしまうとどちらかというと早川さんの世間体とか体面に関わってしまいそうで、出来るだけ慎重に答えておこうと思っていた。


「その…大変だとは思いますが、私に出来る事があれば是非言ってくださいね!」


そしてこの眩しいばかりの返答である。漫画よろしく後ろに後光が射しているのを幻視したとしても可笑しくはない。ただそれをそのまま受け止めるほどには精神が強くないので僕は、


「そういえば吉河さんの仕事は最近はどうなんです?色々あるんですよね?」


と慌てて話題を変える。対して出版関係の情報を持っているわけではないけれど、ネットの噂のようなものを調べたりして一般的な話だが雑誌の売り上げが以前ほど良くはないという情報やとある雑誌がネット媒体に移ったりとかがあったという事実から推論してあり得そうな「色々」を想像しながら訊いてみた。


「ええ、そうなんです。うちはそうでもないんですけど、業界がどうも厳しくはなってきていて…」


それらしい話を引き出す事が出来たが明らかに素人に毛が生えたような人間に話せる事と言うのもそれほど多くはないらしく、どうも具体的な話にはならない。そこで視点を切り替えて早川さんについて話せる事を自分から話していこうと思った。これがなかなか受けがいい。


「へぇ~先生って意外と呑まれる方なんですね。あまりそうはお見受けしませんでした」


「良く飲むのはビールとかですね。男っぽい人なんでしょうね」


「なるほど…」


興味深そうに話を聞いているけれど、こういう話なら幾らでも出来そうだなと思ったところで意外な事を訊かれた。


「失礼かもしれないのですが、金成さんって先生と生活していて何か…その色々不都合な事とかってあったりはしないんですか?」


物腰の柔らかい印象とは裏腹に時々大胆に切りだしてくるあたり仕事が出来るんだなと察せられるが、僕は困惑してしまう。何と答えたらいいのやら。


「えっと…歳も離れていますしね…僕はその…こんな人間ですし…」


正直答えになっているのかどうかは分からないが言える事を言うしかない。視線に耐え切れず俯いてしまいそうになったその時、


「まあ犬のようなものだと言えばいいのかな。まあ歳は離れているけれどね、そんなに感覚は違わないと思うよ」


「せ…先生!!」


なんと早川さんがそこに立っていたのである。入ってきたのに気付かなかったが、ちょっと話を聞かれていたらしい。


「それにしても吉河さんはなかなか意地が悪いね」


早川さんは続けて吉河さんに何か怪しく微笑みかけている。吉河さんは何か思い当たることがあるのか少し恥ずかしそうにしていた。


「え…?なんかあったんですか?」


「いや今博くんがさ、『アシスタント見習い』として喋っていたと思うんだけどさ」


「え…?」


「実は彼女には最初から君の事をしっかりと教えているんだよ」


「へ…?え…?マジですか…?」


つまりそれは吉河さんは僕がどういう経緯でここに居るかを知った上で最初に会った時に「アシスタント見習いの方ですよね」と訊いてきたという事になる。


「そ…そうだったんですか…」


「ご…ごめんなさい!!悪気があったわけじゃなくて、なるべく気を遣って欲しくなくて…」


呆然としてしまった僕に吉河さんは物凄い勢いで謝罪する。そう言われると何となく吉河さんの言い分も分かる。むしろ身元不明な赤の他人だからと相手にしないよりかは何かそれらしい感じで話した方が穏便に済む事もあるといえばそうだ。


「あ…なんかすいません。僕もどう言う風に接すればいいのか分らなかったので、てっきり早川さんがそう言う風にするように望んでいると思ってて…」


「まあ君が良ければいつでも『アシスタント見習い』の称号をあげてもいいのだけれど、これからどうなるか分らないしね」


話をややこしくする早川さんはいつも通り。


「私もそれとなくお話を伺って、何かお手伝いできることがあればという気持ちがあったんです。金成さんを見るかぎりでは優しい方だなと思いましたし、多分事情があるんだなと一人で勝手に思ってしまって」


正直なところを聞かされてもやはり聖人君子のように思われてしまう。今どきこんな人が居るんだったら、あの時絶望したのは早とちりだったんじゃないかとさえ。まあそれは後で考えることにして僕は吉河さんに、


「僕なんかを気遣って頂いて本当にありがとうございます」


とお礼を言った。すると、


「あの、今後ともよろしくお願いします」


という嬉しい言葉が。これで一件落着だと思ったところでやはり早川さん、


「まあそれはいいんだけどさ、私ってそんなに男っぽいかな?お二人さん」


「「え?」」


吉河さんと声が重なってしまった。二人であたふたして弁解しようとしていたら、


「まあ良く見ていると思うよ。なにせ私はさっぱりした方がいいと思ってるから」


と言って豪快に笑っていた。僕はその時、こういう所に早川さんの根っからのエンターテイナーな部分が現れているなとちょっと場違いな事を想ったりした。
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