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掌のワインディングロード ㉔

3月は何かと変化のある月だと思う。冬の厳しさも和らいできて、世間では卒業シーズンでどこかふわふわしているようにも思える。私の仕事場でも2人ほど辞めることになって「ママ」から、


「聡子ちゃんも辞めるってことはないわよね…?」


と確認されたりした。「もちろん」と言うつもりが「いまのところは」と曖昧な返事をしてしまった自分に少し驚いた。どこかで今のままを望んでいないのかも知れない。「ママ」は


「まあそうよね…結婚とかあるもんね…」


と神妙な顔つきで続けたけれど、それは諦めのようにも見えた。諸行無常という事ではないけれど、この頃物事の流れには逆らえないようにも感じてきて、景気とか運とかそういうものは自分ではどうにもできないのだと思うと若干無力感を覚えたりする。同じようにこの仕事を続けている人の事情が色々あるのだという事は言うまでもない事だけれど、限られた選択肢の中でそれでも精一杯自分の選びたいものを選んでこの場所に居るのだと思う。



だからここからまた精一杯選んで、次の場所に向かう人がいるのは必然なのだ。



私には珍しくそんな風にちょっと黄昏ていた水曜日。もう一つ珍しく勇次が昼食を作ってくれていた。勇次の得意料理はパスタで、その日はミート―ソース。タラちゃんが少し大げさに絶賛するくらいには美味しくて、ホールトマトからミートソースを作っただけの事はある。勇次はこういう手の凝った調理をするけれどその分料理をする回数が少ない。不満というほどではないけれど、居酒屋料理をちょこちょこっと作ってくれるタラちゃんみたいな料理の仕方でもいいような気もする。3人で料理を食べているときに勇次がこんな事を言った。


「そういえばさ、この前中山記念勝ったドゥーイット、ドバイ行くんでしょ?」


それはタラちゃんに向けられたものだったけれど実はその週中山競馬場に行く予定だったのが、私の仕事で辞めた人の穴を補う為に急遽土曜日の夜も入るように頼まれて日曜日はちょっと出掛ける体力がなかったから行けなくなったのだ。テレビで観戦していたから結果は分かっているけれど何となく物足りなく感じてしまった。ドゥーイットはそのレースを勝った馬の事だ。聞きなれない単語が出てきたので私は訊ねた。


「ドバイって、あのアラブの方の?」


「うん、そうだよ。あの砂漠のっていうか石油マネーのドバイだ」


ずいぶん単純化している言い方だけれどその後の話を聞いてそういうのも仕方ないなと思った。タラちゃんがこう言った。


「ドバイはとにかく金持ちで、物凄い金を掛けて競馬場を作って凄い賞金のレースを一日で全部やっちゃうんです。ドバイデーと言われています」


聞いただけではなかなか想像が出来ないけれどとにかくそういうものなのだと了解すると勇次が続ける。


「馬を飛行機で運ぶっていうのも凄い話だよなぁ」


「あ…そうか…そうなるよね」


他にもスケールの大きな話が続いたので私はそんな世界があるんだなぁと感心してしまった。


「勝てるかなぁ?」


勇次がタラちゃんの顔を伺いながら訊ねる。


「勝つ能力はあると思います。こういう時は勝って欲しいと思っちゃいますね」


「デルーカだし、大丈夫なんじゃないかな」


二人が納得し合っている中、私は基本的な質問をした。


「いつ?」


すると「あっ」というような表情でタラちゃんはスマホで検索し始め、


「26日です」


といった。ただし現地の26日で時差があるからどうのこうのという言葉が続いた。まだ先の事だけどちょっと興味がある。すると勇次が、


「そういえば今週は行く?弥生賞」


と話を振った。すかさずタラちゃんが、


「ああ、今週は行った方がいいですよ!」


と断言する。流石に私も知識が増えてきたので「何で」という野暮な事は聞かない。このレースは今年の皐月賞に出れる馬を決定するレースの一つなのだ。去年そのドゥーイットが勝つところを目撃したレースが皐月賞。今年もあの熱気が繰り返されるのだと思うと凄い事のように思われてくる。


「行きたいね、勇次」


「そうだな。中山は近いしなぁ」



私達は既にこのくらい気軽に競馬場に足を運ぶようになっている。決定したところでタラちゃんが思い出したように叫んだ。


「あ…そうだ、今週JRA女性騎手の藤騎手がデビューですよ!」


「あ、藤奈央騎手ね」


実は私も「藤奈央」騎手には同性として注目していた。競馬の番組でもちょくちょく取り上げられて今週JRAでデビューするという話で、地方の競馬場も含めるとなんと次の日の木曜日にデビューだそうで、世間的にも注目が高まっている。


「女の子にはハードなスポーツだよなぁ…俺でも怖いもん」


勇次が言う。


「勝てるかな?」


今度は私がタラちゃんに確かめていた。


「う~ん…今のところは未知数ですね…明日良い騎乗ができれば…」


次の日、藤奈央騎手はデビューを果たした。馬券圏内と言われている2着と3着が一回ずつで上々の滑り出しらしい。この日は競馬場が藤騎手目当てで大盛況だったらしくテレビのニュースでもレースの模様が流れた。


「中山…ちょっと大変かも知れませんよ…」


というタラちゃんのいやな予感は私も的中しそうだなと思った。
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