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掌のワインディングロード ㉗

Y県への旅行、あるいは帰省のようなもの。土曜日の朝、私達は新幹線が出発するU駅まで電車で移動していた。大学で上京してからこちらでの生活に馴染んでしまって考えてみるとそれほど帰省していない。母との関係もあまり上手くいっていないという事もあるけれど、自分のペースで生きるには地元は少し緩やか過ぎると思えてしまう。でも、旅行という名目ならまた違った視点で見れるものなのかも知れない。


なんて事を考えながら3人で新幹線を待つ。人は思ったより多くない。時折見送りと思われる人や、迎えに来た人が少しソワソワしながら待っているけれど、混雑はしていない。


「新幹線に乗るのもいつ以来かな…修学旅行かな」


タラちゃんがぼそっと呟いた。意外だけれど容易に理解できる。そんなに遠くに行かなくても必要なものは近くで揃ってしまう都会の人はもしかすると東北にはそんなに縁はないのかも知れない。仕事で行った事があるとは言え、勇次も多分同じような気持ちなのではないだろうか。


「F県まではまあ普通なんだけど、そこからはちょっと凄いのよ」


それは別に地元を褒め称える言葉ではなく、新幹線のシステムがちょっと他では考えられないようなものだというマメ知識。Y県に入れば分かる事だ。


「お、そろそろ時間だ。改札いくぞ」


慣れた様子で勇次が先導してくれる。旅行という特別な気分もあって普通に帰省する時とは心境が違うように思う。一方でタラちゃんはやっぱり慣れないのかきょろきょろと辺りを眺めて、


「あと10分かぁ…」


と小声で確認していた。移動してホームのベンチに腰を降ろしてスマホを弄ろうとした時に新幹線が到着した。指定席なので焦らず乗車して、席をゆっくり探す。通路を挟んで左右に3人の席があって私は窓側だった。


「何時間くらいなんですかね?」


発車が迫るとタラちゃんが訊ねてきた。予定通りだとちょうど2時間くらいだという事を伝えると、


「へぇ、結構近いんですね」


という反応。近いかどうかは別にしても比較的早いと感じるかも知れない。実際F県のF市までの道程はあっという間に感じた。特に私達は前日の夜に仕事だったのもあって、車内はどちらかというとリラックスして少し仮眠をとるような状態だった。



F市に到着すると、鉄道が好きな人には堪らないかも知れない「連結」が外れるという瞬間に立ち合える。残念な事に競馬の事になると饒舌なタラちゃんに説明しても、


「へぇ…」


と何かあまり感動のない様子。むしろ勇次とタラちゃんはその頃になるとスマホを必死に弄っていた。それは何故か?


「お、タラちゃん。中山の5レース、一番人気が勝ったみたいだよ!」


勇次の言葉からも分かるように、2人は景色そっちのけでレースの結果をスマホで確認したりしていた。そう、今回ちょっと気にしていたのは競馬のある土曜と日曜に旅行に来た事。実を言えば私もメインレースだけは有馬記念で見たブロンドアクターが日経賞というGⅡに出走するので観たい気がする。それに…


「ああ…藤騎手、惜しかった、3着だって!」


勇次が言った「藤騎手」こと女性ジョッキー「藤奈央」騎手の活躍が私は気になる。弥生賞の週も彼女目当てに凄いお客さんだったけれど、残念ながらまだ勝利には至っていない。夕方のテレビのニュースでもデビュー後の活躍は取り上げられていて、地方競馬では既に初勝利を挙げている。中央、つまり『JRA』での勝利の瞬間をこの目で目撃したい気持ちがむくむくと起っているこの頃。


「今日他に乗る馬はいるの?」


今度は私がタラちゃんに訊ねてみると、


「あとは最終レースですね。12レース。けっこう人気してますね」


と返ってきた。勇次にはまだ許してないけどもしJRAの馬券が何処でも買えるという『即パット』に加入していたら応援馬券も買っていたかも知れない。


「レースの動画は公式ですぐに見れますし、多分勝ったらネットのニュースもすぐ入ってくると思いますよ」


なんだかこういう話をしていると『JR』より『JRA』になってしまいそう。一応旅行という本分があるので、


「これからしばらくするとY県に入るの。たしか次の駅でY市になるからそこで一旦降りるよ」


と注意を向けておく。そうこうしているうちに新幹線が発車する。ちょっと経ってY県に入った位になって勇次が何かに気付く。


「あれ…?もしかして聡子が凄いって言ってたのってこれのこと?」


「うん。分った?Y新幹線は在来線の線路と同じところを走るのよ?凄いでしょ?」


そう、それがY新幹線のユニークなところだ。在来線と新幹線が同じ線路を走って大丈夫なのか、と心配するかも知れないが大丈夫なように出来ている。むしろ地元がY県だった私にとっては普通の事で、珍しい事だと知ったのは実は上京してからだった。


「凄いって…まあ凄いかもな…」


案の定、勇次は複雑そうな表情をしている。そんな風に圧倒的に田舎という感じになってきた景色を見ながら体感的にはあっという間にY市に到着してしまった。そこは私が生まれ育った町だった。
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