FC2ブログ

掌のワインディングロード ㉚

「勇次、起きてる?…わけないよね…」


その夜、勇次と同じ部屋に泊まって夜ベッドの中で会話している間に眠ってしまったのだけれど、深夜に一度目覚めてしまっていた。やっぱり眠る場所が変わると寝心地が違うみたいで、耳を澄ますと隣で寝息を立てている勇次を少し羨ましく思いながら、ちょっとベッドを出て近くにあった椅子に腰掛ける。


「今2時か…タラちゃんも眠ってるよね…」


旅の疲れもあるだろうし、流石にこの時間に温泉に入り直すのも躊躇われるので眠くなるまで静かにしていようと思ったのだけれど、ちょっと喉が渇いている事に気付く。廊下に設置してある自販機で飲み物を買ってくる事に決めて、鍵を手に静かに部屋を出る。


シーンと静まり返っている廊下に一人で立っていると、なんだかそこに居る事が不安になってくる。旅行なんてもしかしたら大学の時に一度あったきりだと思うし、こういう風にホテルに泊まるのはもしかしたら人生で初めてかも知れない。そんな事を考えているとこの歳になってもまだ世間知らずなところがあるんだろうなと思ってしまった。まあ旅行に来たからそれがどうなるというわけじゃないとも思うけど。


「どれにしようかな…ビールは流石に拙いよね…」


自販機の前で売っているものを見比べて、無難にスポーツドリンクを選ぶ。落ちてきた時の「ガタン」という音が妙に響く。その時同時に、近くでコツコツと足音がしたように感じた。振り返ってみるとそこには…


「あれ、聡子さん?起きてたんですか?」


「タラちゃんこそ、まだ起きてたの?」


「あ…僕はその…レースの結果が気になってちょっと確認してたんです…」


「レース…ってもしかして」


レースが競馬のレースの事を指すのは明らかなんだけど、実はその時私はタラちゃんが具体的に何のレースを指しているか瞬時に想像出来た。


「『ドバイ』のレースね?」


「ええ、その通りです。今さっき、ドバイワールドカップが終わったらしくて、まあネットの実況版とか確認して勝てなかった事が分かりました」


「日本の馬はやっぱり勝てなかったの?」


ドバイデーと言われているこの日に中東の国で多くのGⅠレースが開催されている。日本の馬もそこに招待されて何頭か幾つかのレースに出走しているという事は勇次が気にしていたから私も微妙に気になっていた。でも昨日は勇次が疲れたのか早めに眠ってしまっていたし、私もすっかり忘れてしまっていた。


「いえ、実は勝てたレースと惜しかったレースがあるんです!」


タラちゃんは目を輝かせて言った。それが少し大きめの声だったから私は思わず口に人差し指をあてて「シー」と指摘したのだけれど、どうやら話がまだ続きそうだしどこか場所を探した方が良いのかなと思った。そうなるとやっぱりロビーで、私はそれも面白そうだなと思っていた。


タラちゃんと一緒に一回に降りてロビーのあったソファーに腰を降ろす。タラちゃんは先ほど購入した炭酸ジュースを少し口に含んで「はー」と一息ついた。そして嬉しそうな表情でドバイの結果を教えてくれた。


「皐月賞で2着だったリアルスイートがドバイターフを勝ちました。これは1800メートルのレースで、4番人気くらいだったようですよ。ムウ騎手が見事に導きましたね。で、勇次さんが気にしていた皐月賞馬のドゥーイットですが、」


「負けちゃったの?」



「それが…どうやらレース前にアクシデントがあったらしいんです」


アクシデントと言われて私は吃驚した。もしかしたら馬に何かがあったのだろうか?タラちゃんはいかにも残念と言った表情で、


「レース前に『落鉄』です。落鉄って聞いたことありますよね?」


タラちゃんは一応確かめるように訊ねたけれど、流石に私もそれは知っていた。気になる馬が負けた理由で『落鉄』という事を言っていたのが気になって調べた事があって、それは馬の蹄に打ってある蹄鉄が落ちてしまって走り難くなってしまうというアクシデントなのだ。私は首肯して詳しく訊ねた。


「レースの途中で落鉄という事は多いそうですが、ドゥーイットの場合はレース前だったので日本だったらその場で打ち直しができるんです。でも…ドバイではそうじゃなかったようで」


「え、じゃあ除外になったの?」


除外とはレースに出ないという判断をされる事だ。馬の事を考えればそうなってしまうと私は思った。けれどタラちゃんは意外な事を言葉にした。


「いや、そのまま走ったんです」


「え…」


私は一瞬絶句しかけた。それではあまりにも不利じゃないか。というか、危ないんじゃないか?色んな考えが頭を巡って混乱しているとタラちゃんがそれを慮ったのか、


「もちろん無事に走り終えました。むしろ強い馬には負けましたが最後無理をさせずに流しても2着になったんです」


「え…!!そうなんだ…凄いね」


「色々言う人が居るかも知れませんが、もしかしたら良い勝負ができていたかも知れないと思っています。もちろん競馬に「IF」は禁物なので控えますが、それでもドゥーイットの強さを再確認できました。次はきっと強い走りを見せてくれると思います。でも今は足元の無事を祈りたいですね。何て言っても怪我してますから…」


そうドゥーイットは日本ダービーの後に骨折をしているのだ。軽度と言われてすぐに復帰できたけれど、多分…というか素人の考えでもそんな風にまた負担を掛けてしまったら良くないという事も想像される。競馬は何より生き物が走っている。そしてアクシデントも当然あって、その難しさを実感させられた。


「じゃあ、そろそろ戻りましょうか。僕も流石に眠くなってきました」


タラちゃんに言われてそうだなと思った私達は再びエレベータで部屋の階に戻った。部屋に入った時、何か違和感を覚えた。電気がついているのだ。


「え…?もしかして勇次起きてるの?」


ベッドの上で身を起こして何やらスマホを弄っている勇次。


「ああ、聡子が起きたのに気付いた…ところで競馬の事を思い出して今スマホで確認してた」


「勇次も!?」


流石にこれには私も呆れかかったけれど、私もタラちゃんの話を熱心に聞いていたので人の事は言えないなと思った。いきさつを勇次に説明すると、


「そうか、じゃあドゥーイットの事教えてくれないか?なんか調べると2着だったのは分かるんだが…」


そこで私はタラちゃんに教えてもらったばかりの事をそのまま勇次に伝えたのだ。ただ「ドゥーイットは頑張ったんだよ!」という私の主観も混ざってしまったかも知れない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
普通のカウンター
投票
無料アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR