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掌のワインディングロード ㉜

春になるとわりと鈍感だと思っている自分も色んな所で鮮やかな桜の花が美しく咲き誇っているのを観て「えも言われぬ」というような気分になる事がある。でも4月の始めにはもう散り始めてしまっていて、どちらかというと桜は卒業シーズンだなとも思えてくる。


「聡子、お花見とかどう?」


その日は平日だったが俺は無性に出歩きたくなって聡子を誘ってみる。


「いいよ。わたしも何となく観に行きたいなって思ってたから」


いつもなら「タラちゃんも」という流れになるけれど、この日はとある事情でタラちゃんは出掛けていた。ならば敢えてその日にする必要もないけれど、ぐずぐずしていると桜は見頃が過ぎてしまうもの。聡子が返事してくれたところで俺は勢いよく立ちあがる。


「よし。ならすぐ行こう」


その様子がやや意図的なものだったからなのか聡子は少しおかしそうに笑っていた。少しして玄関を出て、外気を目一杯吸いこんでみるととても穏やかな気持ちになれた。


「もうすっかり春ねぇ…あの地元だとまだこの時期はちょっと寒かったりする事もあるの」


ちょっと前に行ったY県の事情を教えてくれる彼女の柔らかな表情を観ていると<自分も今こういう表情をしているのかな>なんてことを考えた。お互い心を許しあえる相手に、恋人になら男としてどうかと思ってしまう気持ちも素直に表現できるものだ。そんな俺の心を知ってか知らずか聡子はこちらの顔をじっと見つめ、


「じゃあ、行きましょう」


と言って俺の方に手を差し出す。その手を取ったアラサーが板についてきた男はその柔らかな温もりの肌に触れて、彼女と出会った頃の事を不意に思い出す。最初その人は結構な美人だったという印象だった。カウンター席で静かにカクテルを注文してくれた女性が、段々と真剣な眼差しになってこちらの様子を窺っている事に俺は僅かに気付いていたかもしれない。最初は酒の力でよくある事と思っていたけれど、どうも様子が違うなと思っていた矢先に、


「わたし、あなたの仕事ぶりが好きなんです!」


と告白された時には何事かと思ってしまったが、あれが今もときどき聡子が見せてくれる隠れた大胆さだったと思うと、思わず微笑んでしまいそうになる。仕事がら聡子の仕事場の知り合いからも時々話を聞かせてもらうけれど、周りと比べると当然地味な印象でどちらかというとああいう華やかな場所でも物静かな相手を好むようなお客さんに人気があるという、彼氏としてはやや複雑な情報も聡子の事をよく表していると思う。



そんな夜に出会った相手とこうして長く連れ合った夫婦みたいに春の和やかな雰囲気を味わいにゆくというのも俺達らしいなとも思う。



しばらく散歩をするような気持ちで歩いて、


「今日はどこに観に行くの?」


と訊ねられる。実を言えば唐突に思い立っただけなので行先は何処でも良かった。どちらかと言えば時間の許す限り静かなところで桜を愛でているのもいいだろうという気持である。


「ああ、そういえば川沿いに結構植わってるところあったよな。そこに行こう」


そのままおぼろげな記憶を頼りに歩いてゆくと、10分ほどしてまさに思い描いていたような光景が一面に広がっていた。


「うわ~!綺麗ね!!あれ見て、出店もあるよ」



平日なので人もそれほど多くはないけれど、この期間中はここが見頃なのか出店もちらほら出ていてちょっとしたお祭りのような雰囲気だった。


「なんか食べる?」


「ううん…わたしはそんなに…」


と言いつつお昼だったし匂いに誘われたこ焼きを1パック購入してわけあったりしたのだが、どちらかというと本当に桜が美しくて幻想的だったのでそれで満足してしまっていた。二人で周囲を見渡しながら少し座れそうなところで腰を降ろしている。しばらく何も言わずに少し舞い始めている花びらに目を遣ったりしていたのだが聡子がふと、


「そういえばタラちゃんはちゃんと帰れたのかな?」


と言った。


「そりゃ大丈夫だって。実家に帰っていつもみたいにちゃんと説明してるんじゃないか?」


俺はそうは言ったけれど、確かにタラちゃんの事は少し心配だった。いや心配というと少しニュアンスが違う。むしろ上手く話が付いて来ればいいなという想いだった。タラちゃんは昨日俺達に将来牧場で働くような仕事をする為の研修に行くつもりだという話をした。それは元を辿れば俺が何気なくタラちゃんに進めた「競馬に関係した」職探しなのだが、具体的な話になるとやっぱりこの間柄特有のなんともいえない難しさを感じた。


「俺達はこうやって応援する事しか出来ない。でもタラちゃんにとってはそれが一番大切なことなのかも知れない」


また俺は何気なく思った事を口にした。口にしてみて、確かにそうだなと自分で頷いた。聡子も静かに「うん」と頷いた。そして少しためらうようにこう言う。


「まだ先の事だけど、もしタラちゃんが研修に行くんなら、今みたいに二人っきりになるんだよね」


その口調は必ずしも寂しいというだけではなかったように聞こえた。確かにタラちゃんが自分で決めた事は嬉しいし、俺達も場合によってはそろそろ新しい段階に進むきっかけになるのかも知れない。それは総じていうなら「良い事」なのだろう。ただやっぱり…


「やっぱりタラちゃんも一緒の日が良かったかな?せっかくきれいな桜を見れるんだし!」


俺は思った事を少しぼかすように言う。ただそれはタラちゃんと一緒に生活している素直な気持ちだったと思う。聡子はいつもみたいに「ふふ」と笑って、


「でも、タラちゃんは桜花賞が観れた方が喜ぶと思うよ?」


とおどけて答える。桜花賞…三歳クラシック第一弾。阪神競馬場。スラスラと出てくる自分に少し苦笑しながらも俺は笑ってこう答えた。


「多分な。ってか桜花賞の予想もそろそろしとかないとなぁ…」


「『まったく』…って言いたいところだけど、わたしも牝馬のGⅠだから今回は本気で当てに行くからね!勇次の予想は?」



そこから美しく幻想的な景色には似合わない「普段通りの話」が展開されていることが何だかおかしくて同時に嬉しかった。
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