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掌のワインディングロード 34

「いや~やっぱり良いですね。中山!」

皐月賞目当てで訪れた競馬場で自然と僕の声が弾んでいた。去年、ここで偶然大井さんと細井さんに出会ったのが切っ掛けで今の生活が始まった事を思い出すと、どうしても感慨深くなってしまう。やっぱり二人とも同じことを思っているのだろうか、


「何だか懐かしい気持ちがするね。結構通ってるのに」


「この賑やかさは独特だよね」



こんな風に話している。今回はなるべくいい場所でレースを観戦したいという事で、なるべく早く家を出てきて、辛うじてゴール付近のスタンド席が確保できた。すっかり暖かくなってきているものの、ずっと外にいると身体が冷えてきてしまう事もあるのでやや厚めの服装をと心掛けたのだが、午前中からのレースの間も人の熱気が凄くて逆に汗をかいてしまいそうだなと思った。


「今年はドリームインパクト産駒ですかね?2強対決にも見えますし」


「そうだろうな。俺の本命はサワノダイヤだよ。ぶっちゃけ騎手で選んでるけど」


「クリスチャン・メルーですか。本番で2着の印象があるんですよね。なんとなく…」


「うわ…タラちゃんのその「なんとなく」はいやな感じだな…」


あまり考えずに言った事だったけど、すっかり僕の性質を理解している細井さんは少し自信を無くしたように見えた。


「私もそう思う。そんなに外国人ばっかりじゃないような気がするっていうか」


大井さんが言うように、派手な勝ち方をするから外国人が大レースを一杯勝っているように見えたりするけれど、実際は若手でも川野騎手とか、浜崎騎手とか、ベテランでも結構本番では結果を出していたりする。僕もそういう事を念頭に置いて、やはりドリームインパクト産駒でしかもオーナーがドリームインパクトと同じである「マレビト」が川野ジョッキーの手であっさり勝ってしまうのではないかという予感があった。ベテランでは瀧騎手のエリアスピードも実力はあるけれど、前走の弥生賞でマレビトとの決着はついてしまったように感じていた。そういえばその弥生賞で細井さんはデルーカのキングリアを本命にしていたけれど今回はどうなのだろう?窺ってみると、


「ああ。今回は2着までかな。多分だけど距離が持たないよ。勿論好きな馬だから馬連の相手にするつもりだけど、自信はないな」


ちょっと複雑そうな笑みを浮かべてそう語る細井さん。本来ならばパドックも見ておきたいのだが、今日は混雑で全く見ることは出来ないだろうから、馬体重発表の段階で買う馬を決めようと思っている。こうやって3人で競馬場に来れなくなってくるかも知れないけれど、いざ目の前でどんどんレースが繰り広げられてしまうとどうしても目を奪われてしまう。いつのまにか昼になって、今日は予め用意していたおにぎりなどを頬張りながら、ぼんやり向こうの方を眺める。


「なんかやり残した事があるのかな…」



ぼそっと言ったつもりだったが大井さんがしっかりと反応してくれる。



「写真撮ろうか。三人で」



「あ、そうだな。今日は記念日みたいなもんだしな」



そういって頷きあう二人。少しの間柵の方に移動して、近くに居たお兄さんに頼んで集合写真を撮ってもらった。



「おー、良い笑顔!!」



お兄さんがそう言ってくれた一枚はものの見事に「競馬を満喫しているグループ」という風に映されている。席に戻ってちょっとしみじみと去年の事を話し始める僕等。



「わたし、今みたいに慣れてなかったから去年は色々びっくりしてたかなぁ。お馬さんが凄く近くで見れるし」


「俺はこんなに熱中している人が居るなんて思ってなかったから、ちょっと異世界に来たような気持だったよ」


「僕も初めてきた時はそんな気持ちでした。いざ目の前で馬が凄いスピードで走っていると、なんか凄い事が毎週行われてたんだなって実感して」



そんな風に話していると、僕も競馬にまつわる色んな事を思い出す。中学校の頃は競馬が好き過ぎて周りからちょっと変人扱いされたり、でも楽しさを分ってくれる人が意外と近くにいたり。勉強ばっかりだった高校時代でもしっかり毎週レースは見ていて、時々ネットで懐かしいレースの映像を見るとその当時の事はあんまり覚えていなくてもそのレースでどういう風に馬が動いてゆくのかとか、実況がどうだったとかは覚えている。自分にとって当たり前にあった競馬という文化を誰かに紹介したいなという気持ちが昔からあったと思う。もし自分が大学生を続けていたとしたら、友人と競馬場に通うというような「らしい若者」になっていたのかも知れない。けれど競馬に「IF」は厳禁であるように、大切なのは「今」がどうかということだと思う。



僕は今のこの選択を後悔していないなと思っている。それは強がりではなくて、本当の意味で自分みたいに自信のない人間が大胆な事に挑戦しようとしているという今に辿り着けたという意味で、心からそう思っていた。僕がそうであるように、大井さんも細井さんも僕という人間を受け入れた事を「良かったと」思って欲しい、何てことを考えていた。



午後からの競馬は次第に増加するお客さんとその熱気で段々自分のテンションも上がっていった。


「うわ~やべぇ…本当にどうしようかな…」


もう馬体重が発表されてしばらく経つというのに細井さんが馬券で何を買うかかなり迷っていた。


「勇次、ここは初心貫徹だよ。サワノとキングリアで行けばいいのよ」


「いや…そうなんだけどさ、キングリアが不安なんだよ。」


「だって応援してるんでしょ?デルーカ」


「応援はしてるけど、やっぱり「マレビト」の方が確実性があると思うんだよ」



細井さんは典型的な悩みに陥っている。応援したい馬と買いたい馬は違う。


「だったらキングリアを複勝にして、サワノとマレビトの『ワイド』ですよ」


その時の僕の心境は自分でも何だかよく分かっていなかったが、『ワイド』なら確実に押せるなと判断したのは間違いない。細井さんは凄く意外そうな顔をして聞き返す。


「え?ワイド?馬連じゃなくて?」


「それだけは自信があるんです。むしろなんかノーマークの馬が間に入りそうなのでワイドに逃げるというか…」


そう慎重に言うと細井さんは感心したようにゆっくり頷いた。


「まあ配当は安くなるが、確実に当てるのも良いのかも知れない。じゃあタラちゃんは?」


「僕は、「マレビト」の単勝です!!」


後で気付いたことだが、僕はどうやら出走馬の中で一番「マレビト」に勝って欲しいという願いがあったようである。大井さんはなんとも言えない表情で僕を見ていた。そして一言。


「私は今日は観戦に集中したいから馬券は買わない」



いよいよレースが始まる。ボルテージが高まったぎゅうぎゅうの場内でファンファーレが鳴り響く。手拍子で馬が驚かないようにと願いながら、次第にそんな事を考えられなくなるほど緊張が高まってゆくのを感じる。…ゲートイン。



ガチャ



発走した!



あ、今日も逃げる!









4コーナーだ。後ろはどうだ?





あっ…




あぁ!!マレビト届かないかぁ!?あぁ、届かないぃ!!!






レース中、こんな風になってしまった僕の頭の中。そうマレビトは最後追い込んできたが、海老沢騎手の「ディーメジャー」という馬に脱け出されて届かずだった。そして三着にはサワノダイヤが粘った。



「タラちゃん、当たったよ!!」



細井さんは僕の助言で「ワイド」にしていたのが効いて「2、3着」で当たり。どうもこういう日でも馬券的には下手糞になってしまう僕は少ししょげてしまった。すると大井さんが「タラちゃん」と僕にこう言った。



「私、「マレビト」次はやってくれると思う。よく分からないけど、そんな「流れ」が見えるっていうか…」



この言葉を聞いた僕は密かにちょっと衝撃を受けていた。その口ぶりはどうやら慰めようというのではなく、本当にそう思っているらしかった。もしかするとこのレースをしっかり観戦していた大井さんだから解る事だったのかも知れない。そして彼女はこう続けた。


「勇次、ダービーも見に行こう?私、今度は「マレビト」を応援するから」


それはこの場においてはある特別な意味を持つ言葉だった。それを理解した細井さんは目を細めて微笑むように、


「そうだな。ダービーも見に行こう!!」


そうして僕の方を見つめる二人。それはまるで「そこでもう一度会おう」と伝えているかのようだった。


「…僕も見に行きたいです」


僕はその時、本当の意味で競馬が僕らを結び付けているのかも知れないと思った。
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