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食にまつわるエレキテル

特別に扱いたいというわけではないものの、妙に印象に残っているような事がある。去年の6月のあの蒸し暑い日に食べたタコライスにタコが載っていたというだけの、うっかりすると見逃してしまっていたかも知れない事象に目聡く気付いた事が今さらのように思い出されるとか。


考えてみれば僕の思い出は食とともにある。旅先で食べた奇妙な色の割と美味な味ソフトクリームの事や、仕事で疲れ切った時に食べた新発売のパンのごわごわした食感とか。そういう情報は本来どうでもいい筈なのに、ともすれば非常に大事な事になっている瞬間があるものだ。


「パンケーキ食べに行かない?」


今こうして僕の目の前に居る少しマイペース気味な彼女の唐突な提案は思い出から何かを洞察しようとしていた意識を急激に即物的なものに引き戻す。


「前食ったじゃん」


意図せずやや強い口調になってしまったのを自分でも驚きながら、確かに先週食べ残すほど食べたばかりのチョイスに抵抗したくなるのも当然だなと気付く。みるみる不機嫌そうな表情になった彼女は僕に抗議の視線を向ける。耐え切れなくなった僕。


「分ったよ。でも俺は別なの注文するから」


反応を見るとどうやらそれでいいらしい。『なんだかな』と思いつつも出掛ける準備を始める。実際家を出て大した距離は移動しないのだが、気の進まない身体の重々しさもあって心なしか疲労感さえ覚えた。既視感溢れる店の看板を見て、


「よし!今日は食べるぞ!!」


と満面の笑顔で意気込むこの人を見ていると、それこそ「幸せのカタチ」は無数にあるんじゃないかと思えてくる。タバコは吸わないけれど、一本ふかしたいなという心境になる。席に座り、注文し、運ばれてくるのを待つ間、僕は再びあの夏のタコライスの事を思い起こしていた。


「そろそろ5月だな。ゴールデンウイークどうする?」


「大型連休?」


なぜNHKみたいにわざわざそう言い換えるのかは分からないけれど、とにかく彼女は何か思案顔で何処かを見つめ、


「なんか食べに行きたい」


と言い放った。この人の前で「今も食べに来てるよな」というツッコミはご法度である。とにかく話を合わせるように、


「そうだな。どっか旅行行ってその場所の名物でも食べに行くか」


と話を少しスライドさせる。そうすると目を輝かせて、


「じゃあ、何食べに行く?海の幸とか?」


既に返答に希望を添えている。まあ海の方に行ってみるのも良いのかも知れないなと思っていたので、


「日本海側とかどうよ。あんまり行った事ないし」


と自分の希望をさり気なく提示する。お気に召したようである。具体的なプランはこれから練ることにして僕は再び「タコライス」に意識を飛ばす。と思いきや、僕の目の前にオムライスが運ばれてくる。そのすぐ後に彼女の前にも何段にも重ねられたパンケーキとはちみつの容器が運ばれていた。


「じゃあ食うか」


「うん。いただきます」


そのまま黙々と食べ始めた彼女を見守りつつ僕は小さな声で、


「何となくタコライス食べたかったなぁ」


と呟いた。


「え…?タコの乗ってるやつ?わたし去年作ってあげたやつでしょ」


不思議そうに僕を見つめているけれど、僕はそこで自分が持っていた違和感の正体に気付き始めていた。


「あのさ、念のため確認しておくけど、タコライスってタコ乗せなくても良いんだよ」


「ん?それだとタコライスじゃないよね」


「…」


「…」


二人の間に訪れる沈黙は優に10秒はあったと思う。僕は少し眩暈を覚えつつ、


「俺、てっきりジョークでやってるのかと思った」


と言い、


「え?私の実家だとそうだったよ」


と微妙に主張しにくい返事が返ってくるのももはやテンプレート。僕はスプーンに掬ったふわとろオムライスを口に運びながら遠い目をして、


「まあ、あった方が美味しいのかもしんないけどな」


となるべく穏当に事を済ませる選択をした。すると彼女は得意気に言った。


「でしょ。パンケーキに載ってるクリームみたいなもんだよ」


食事の間中、僕はこの微妙な比較が妥当なのかどうか考え続けていた。多分こうして妙に印象に残っている食の思い出が増えてゆくのだと思う。
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