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めんどめんど

その時はただ達筆な文章だなと思った。袋小路とも言うべき住宅街の細い道の行き止まりのブロック塀の前に何故か木の立札が刺さっていて、そこに江戸時代の「瓦版」の如く白紙に墨で文字が書いてあるのを見つけた時は人としてどう思うのが正しいのだろう。


『つまり貴方はここから羽ばたけるのです 否、むしろ羽ばたかなくてどうするのです』


「なんだこりゃ、挑発してんのか?」



状況的にこの行き止まりに運悪く入り込んでしまった人に向けられた文章だと思うけれど、一体誰が何の為にという事を考えるとミステリーじみてくる。雨で濡れても大丈夫なようになのか、紙の上に透明なプラスチックの板をはめ込んでいる。いつからここにあるのやら。中学校の頃に塾で友人がひっそり見せてくれた日本の至る所にある「珍景」の写真を採り集めたかなりアングラ臭のする本の事を思い出させるような光景だったが、大人になって実際にこういう物とか文を目にすると少し背筋がゾワゾワしてくる。


自慢をするわけではないけれど世の中の理不尽な事は一通り経験していて、時に道に逸れてしまった人とか本質的に変人というしかない人が独特な自己表現をするのも意外とありふれている事を知っているし、そういうのに一々反応していたら疲れてしまうというか、身が持たないのでスルーする技術を自然に学んだし、実際害がなければ比較的自由にやっていいと思うのである。



とはいえ…こういかにもメッセージ的なものを見つけると気になるのも事実。


「こういうのって頭に残っちゃうから面倒なんだよな…」


運悪くというのか、ちょっとした判断ミスで迷いこんでしまったこの立札以外は平穏に包まれた場所で取り乱すのも変だし、かと言ってこれについての適当な解釈ができないと気持ちが悪いといえばそうである。


<誰が書いたか分ればまあいいんだけどなぁ…>


そんな風に思いながらも引き返そうとした時、目の前にぬっと紺の着流しを着た小太りの坊主のおじさんがそこに立ってこちらを睨みつけているのを見て、


「わっ!!!」


と思わず仰天しそうになった。そういう反応さえ相手は想定済みだったのか、相変わらずどっしりと構えたままの様子。こういう場合の対処としては冷静になるべく穏便に済ませる方針で、


「な…何か?」


と少し引きつってはいるだろうけれど愛想良い表情を心掛けて言うと相手はこちらの目を見たままゆっくり一度頷いて、


「この立札についてどう思います?」


とおもむろに訊いてきた。表情は厳ついものの口調が穏やかなのでスルーするわけにもゆかず、


「あ…これ貴方が書いたんですか?」


と無難な質問をしてみる。相手は首を横に振って、


「私はこんな意味の分からない事はしないよ。ただ、立てた人物を知っているのですが、その人が『分かる人には分かる』と豪語して憚らないもので、ちょっと訊ねてみたかったのです」


「え…そうだったんですか…」


相手の言い分を信じることして、それでも拭いきれない不信感。そして立てた人物の発言も、妙に意味深なのでどうしても単なる悪戯という解釈もし難い。ほぼ必然的にこの文章の内容に向き合わざるを得ないのだが、その前に、


「あのもしよろしければ、これを立てた人がどういう人が教えてもらっても…」


とおずおずと訊ねてみる。再び頷いて、


「ええ、大丈夫です。実はそこに立っているのもちょっと複雑な事情がありまして、立てたのはその塀の向こうに建っている一軒家に住んでいる昔から色んな意味で評判だったうら若き美大生なのですが、おかしな話で塀のこちら側の僅かな土地も、その家の所有なのです。つまり道路に見えますが『私有地』に立てているので法律的には問題ありません。何でも敢えて道路に見えるように塀を少し手前にずらして、フェイクのアスファルトを敷くという念の入れ方で、私も呆れている位なのです」


「え…それ、本当なんですか?」


俄かには信じられない事項がいくつも出てきたので反射的に確認してしまう。


「よく観てごらんなさい。そこだけ舗装が少し違うでしょ」


「あ…。確かに」


よく観ないと分らないのだが、確かに彼の言うとおりの仕掛けが施されていて発言に一定の信憑性がある。だが知れば知るほど分らなくなるこの感覚は、一種の「面倒くささ」を催させた。


「えっと…。まあ仮にそうだったとするならですね、美大生なのでやっぱり芸術作品として見るべきなんでしょうね」


これからまだ移動しなきゃいけないのもあり、なにか精神が擦り切れそうになりながらも一般論で常識的な感想を述べてゆく。


「で、私の考えですとこれは要するに実際にこんな風に行き詰ったところに来た時に、こう…囚われを無くすとかそういう発想なんだなって思いますよ」


「ほぅ…。興味深い解釈ですね」


何故か雑な解釈に深く頷いているおじさん。すると恥ずかしそうに頭を撫でながら、


「私はここの住民ですから実際に迷い込むなんて発想はないわけですから、貴方のように運悪くこういう処に迷いこんでしまった人には意図が伝わるのかも知れませんね。これは私にとっての数年来の謎でした」



「あ…ははは」


そう言われても苦笑いするしかない。若干忌々しい事に自分の解釈がわりと当たってそうなのが、作者の思惑通りになっているような気がして釈然としない。するとおじさんが後ろを振り返り、


「おや、ルリさん!丁度良いところに」


とやや大きめの声で言った。見るとそこにはブロンドの長髪という「いかにも」というような外国人の女性が立っていて、こちらの様子をしげしげと窺っていた。


「もしかして…」


「そう、このルリさんがこの立札を作った美大生なのです」


おじさんはそう紹介してくれたのだが、ややこしさの上にややこしさが上塗りされた感覚。目がぱっちりとしていて一瞬で好印象を抱いてしまいそうな愛らしい女性が、こういう「謎」な事をするのも非常に意外である。「ルリ」さんはかなり嬉しそうに弾んだ声で、


「あ!これ見て頂けましたか!?どうですか、これ私の信念を込めた作品なんです!!」


「え…。ああ、なるほど…」


この時、少しづつ作品の意図がはっきりしてきたような気がする。むしろこういう事情を知れば妙に納得というか、外国の人が敢えて瓦版スタイルで、ちょっとぎこちない日本語のメッセージの立札をする。



<いや…納得するけど、ここまでが面倒くさいよ>



と喉元まで出かかった言葉を制しつつ、和気あいあいとした雰囲気でその場を後にしたのであった。
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