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失敗

定刻が過ぎるとさっさと退社して細々と続いているジム通い。若い頃とは違って身体を鍛えるというよりは体力を維持する為に定期的に汗を流している感じ。この頃、通りですれ違う私よりも少し齢の行ったと思われるランナーを見掛けると不思議なくらい尊敬の眼差しを送っている自分がいる。同僚からは「若々しいね」とか「相変わらずスリムだね」とかいかにも羨ましそうに言われるけれど、それがモチベーションになっているかというと少し疑問。


昔からどちらかというと完璧主義の気があったので、しばらく付き合ってみてそれを察した相手が『一緒にいて息苦しい』というよう態度を見せるようになって、長く続かない事もあった。それに加えてまだどこか世界に対して何かを期待しているせいか、時々批判がましくなってしまうところが異性から『堅い』と思われる原因なんだろうなと思っている。



そう気付いたところで自分をそんなに簡単に変えられるわけがない。半ば義務のように、もしかしたら機械的にジムまでの慣れた道を歩く。何の気なしに上空を見上げるとお月様が少し濁っているように感じた。


「今日は1時間くらいにしておこう」


そう一人小さく呟いて前を向きなおした時だった。少し距離の離れたところ、歩道の真ん中に誰か男性らしき人が向こう側を向いたまま立ち尽くしているのが見えた。近づいて行っても微動だにしない様子が少しばかり不気味で、気付くと早足になっていた私。その短髪の男性の横をなるべく静かに通り過ぎると、


「ふあぁあああああ!!!」


とその人が盛大に溜息を吐いた。思わず吃驚して後ろを振り向くと、


「あ…すみません…」


「凄く申し訳ない事をした」というような表情で済まなそうに深く頭を下げた。何もそこまでする必要がないと思ったので、


「あ、大丈夫ですよ。何かあったんですか?」


と形式的に訊ねていた私。少し不用意だったかなと思ったけれど男性の表情を観るかぎり変わったところは見受けられないし、格好もスーツで普通だし多分私の性格的に声を掛けてしまうんだろうなと思った。男性、


「えっと…」


と頭を掻いて恥ずかしそうに言う。


「本当に、大丈夫なんですけど…失敗しちゃったんです」


『失敗』という言葉に敏感な私は好奇心を抑えられず「何を?」と訊いてしまう。あとあと考えてみこれが私の『失敗』だったかもしれない。その人はボソッと、


「観測失敗です」


と言った。「観測」という聞きなれないワードにハテナマークを浮かべていたのだろうか、私の顔を窺いながら、


「研究をしていてですね、確率的にここでこの時間にある「現象」を観測できる可能性が非常に高かったんです」


「何か研究機関に勤めていらっしゃるんですか?」


「まあそんなところです。普通の人にとっては本当にどうでもいいような研究なんですけどね」


ここでも「普通の人」と「どうでもいい」というワードが微妙に癪にさわって、


「世の中にどうでもいい研究なんてないですよ」


と余計な一言を言ってしまった。男性はちょっと「おっ」という顔をして、


「失礼かもしれませんが、もしかするとサイエンスとか好きな方なんですか?」


という質問をしてきた。


「好きとか嫌いとかじゃないですね。興味のある事は調べたくなる性質なので」


誤解されないようになるべく正確に伝えると、


「なるほど」


としっかり頷いて納得しているらしい相手。しっかり伝わるとちょっとした快感があるもので私も機嫌が良くなって、


「もしよろしければどういう「現象」なのかご教授いただいてもよろしいですか?」


という風に丁寧に訊ねてみた。すると男性は一瞬で表情を険しくというか真剣なものにして、


「噛み砕いて説明するとですね実験室で非常に特異的な粒子を操作した場合、普通はある程度隔てられている周囲への影響は無視できるという前提があるのですが、その前提がとある条件が揃った時だけに破られるんじゃないかという仮説を立ててですね、それを実証できるかどうかも含めて条件が揃ったこの時間のこの場所で先ずは視認可能な現象として、『小さな火の玉』を観測する事ができるという計算式があったんですよ。まあ予測ですね。もっとも、この現象は『視認できる』という条件で考えた場合に少し怪しげな解として予測されていたもので、『視認できない』というものならば観測器も大掛かりになってしまうので、まあ予算が中々つかなくてですね、言ってしまえば一番リーズナブルに済ませられる実験だったんです。それがダメだったんで溜息をついてしまったんです」


「…」


これを一気にまくし立てられた時には気絶するかと思ったのが本音。途中から私が理解しているかしていないかも放っておいて一方的に話していたような気さえする。


「あ…すみません。これじゃあ全然わからないですよね…」


「とりあえず『小さな火の玉』が観れる予定だったんですね。お話の通りなら」


「あ。そんな感じです。でも僕ももともと観測できるとは思ってなかったんです。あんまりにも上手く条件が揃った場合には理論上現れるというだけで、確率が高いと言っても1%くらいでしたから」


「1%で確率が高いんですか?」



「でも、それ以外の条件だと0.0000000…って続くような確率になってしまうので…」



何だか話を聞いていると頭がくらくらしてきそう。一応話の筋は通っているけれど、それでも現実性があるようなないような良く分からない話だなと思った。そういうニュアンスで感想を伝えると、


「ええ、実にしっかりした判断だと思います。もともとトンデモ理論と隣り合わせのような研究なので、そういう感覚は研究する上で非常に重要な判断だと思います」


と褒められた。そして男性はまた大きな溜め息を吐いた。見かねた私は、


「あの、気持ちを切り替える時には運動が良いですよ」


という切り口でまったく日常的な話をし始める。代謝を良くすれば健康的になる、代謝を良くするためには運動。酸素を取り入れることで脳も活性化アイディアが生まれるかも、なんてことをまるで説教するように男性に教える。どうやら今度は男性が呆然とする番だったようで、


「えっと、でもどこで運動したら…」


と躊躇いがちに訊いた男性にこれから行くジムの事を教える。


「確かにお姉さん、スタイル良いですもんね…俺も運動不足だから丁度良いかもなぁ…」


「じゃあ、私はこれで失礼します。研究頑張ってくださいね」


そんな感じで別れて、その日は普通にジムのランニングマシーンで汗を流した。



後日、私はジムであの男性がエアロバイクを必死に漕いでいる姿を見掛けた。


「観測は『失敗』ですか?」


微笑みながら声を掛けるとちょっと苦しそうになりながら、


「上手くいきませんね。でもまたあなたを「観測」できたのかも知れませんね」


と爽やかに言われて、不覚にもドキッとしてしまった。今ではジムで会うたびに微妙に意識している自分がいる。
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