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ステテコ・カウボーイ⑧

厭わしい言葉と砕け散りそうな心。この日々の向こうに心躍る時があったとしても、今は目の前の事で精一杯。見えていた何かも幻のように行方をくらましているのなら、何処に目を向ければいいのだ。そう嘆きつつも、その嘆きに呑み込まれはしないその何かで険しき道を辿っているような気がする。


少し気を緩めればふらつきそうな足取りでその日僕は見知らぬ街を彷徨っていた。八方手を尽くしたところで活路など見出せやしないのは分かり過ぎるくらい分っていて、自分が自分じゃなきゃどうにかなるかも知れないと考え始めた辺りまでは覚えている。その前日に何があったというわけではない。というより何かがあったとすれば、もうずっと前からで生活が音を立てるように軋み始めていたのを騙し騙し何とか何も聞こえないふりをしながら生きてきたのが、ついにその日本当に聴こえなくなってしまっただけなのだと説明したら、誰か理解してくれるだろうか。少なくとも早川さんなら何かを感じ取ってくれるかもしれない。



気持ちが続かなくなったのだと一言で済ませればいいのかも知れない。そもそも大した仕事でもなかったのだ。広告に載っていた「誰でもできる」そんな仕事。そんな仕事ですら自分にとってギリギリになりはじめていた事が、焦りだったのかも知れない。もともと足場のない脆い生活、ちょっとした精神的な拠り所が無くなってしまっただけでも砕け散ってしまうようなものだったのかも知れない。



人によっては「そんな事か」というような事。僕にとっては世界と自分とを繋いでいた何かの消失のように思えた。



回りくどく言わないとすれば、好きだった女優の死である。生前仲の良かった友人の中に「生き急ぎ過ぎた」と述べた人が居た。死因は不明とされているけれど、ストイックで役を演じる為に何もかもを捧げるようなタイプで、遺作となった作品の登場人物のような儚い雰囲気を纏っていたような気がする。もしかしたらモニター越しに恋をしていたのか、彼女の演じるキャラクターのような人に会えるかも知れないという幻想を抱いていたのかも知れない。土曜の夜、週一で放送されていたラジオの15分の番組で生の声を聴いて、活力をもらっていると自覚したのはいつからだろう。




その習慣がなくなって一か月程経った頃、ショックはあるにしても普通なら何とか自分を持ち直している筈の自分が、現実には全くそうなっていない事に気付いた。仕事をしていても上手く頭が動かず、気付くと「もう居ない」という事しか考えていない自分がいる。けれど「もう居ない」という事を受け入れてしまえば、もう自分がここに居る理由も無くなってしまうという感覚があって、そこで僕の時間は止まってしまった。




仕事帰りの道は雨だった。雨に打たれても何にも感覚がない。全てが嘘のような気がした。



<嘘なんだから、こんな事をしていても無意味だな>



そう思った時には僕は無我夢中で走り出していた。今思うと、ありとあらゆる生きている感覚が欲しかったのかも知れない。それくらい現実感のない時間だった。途中で盛大に転んで血が滲んだ膝。それでも立ち止まるところが何も無くて足を引きずりながらふらふらと歩いて、


<いっその事記憶喪失になればいい>


と思った。記憶喪失になった僕はあの人が好きだった事も忘れて、そこから何とかやってゆけるんじゃないだろうか。そう思いながら、うっすら水溜りができた路地で寝転がって何も考えずに目を閉じた。



何時間経ったのかそれさえどうでもよくなった時、



「おや。こんなところに人が居る」



とちょっとわざとらしい女性の声が聞こえた。僕はその時「しくじったな」と思った。どうせなら誰にも見つからないところまで歩いてそのまま発見されない方が何かと面倒な事にならなかったのにと。その女性は尚も僕に興味を示して語りかける。


「こんな風になっている人を放っておいたら人として拙いんだろうね。そんな人間には私はなりたくないよ」



<この人は僕に語りかけているつもりなのだろうか?>と一瞬疑わしくなるほど、現実感がなかった。もしかしたらこれも夢とか幻覚なのかも知れないなと思った時、


「よし、決めた」


という声がすると、僕の腕に何か温かいものが感じられた。感覚がない筈なのにその温度だけはしっかりと感じられて、<ああそう言えば誰かに触れられた事もあんまり無かったな>と場違いな事を考えてしまった。


「ほら、まず目を開けてごらん。君はそこからしか始まらないよ」



教え諭すような声。咄嗟に無理だよと思ったけれど、自分の意志ではなく自然に目を開けている事に気付いた。そこで僕は「早川さん」を初めて見た。優しいそうでもあるし、叱るような顔でもある。


「まるで捨てられた子犬のような表情で見られても困るんだけど…まいったな…」


明らかに困った顔をしているので僕は不思議に思って、


「そんな顔でしたか…?」


と訊ねていた。意外に普段通りで自然なトーンだったのが自分でも驚きだった。


「じゃあまずその顔を鏡で見るところから始めようか。家に案内しよう」


そして僕は早川さんという不思議な人に拾わた。もうすっかり朝で、いつの間にか雨は小降りになっていた。
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