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ステテコ・カウボーイ⑨

どこまでも僕のままでゆくというのなら、軽はずみに「やってみる」なんて事は言えないのだろう。僕が僕を見捨てないように…でもそれは並大抵の決意ではないとこの頃思う。

しばらくぶりに雨の降った水曜日。ほぼアシスタントのようなノリで早川家の日用品の買い出しを頼まれて、少し上等で黒光りするようなコウモリ傘を手に玄関を出た。この男物の傘は早川さんと親しくしていたらしい某人物が家に置きっぱなしにしたものだと説明された。僕はその時、若干だが野暮な想像をしてしまっていて、例えばの話、早川さんと交際した事のある人はどういう風に接っしていたのだろうかなんて思ってしまった。女性にしてはという言い方も失礼なのかも知れないけれど、大分豪胆で我が道を切り開いているタイプなだけに相手の方も萎縮してしまうんじゃないだろうかなどと余計な事を考えてしまったりする。


「居ないなら居ないで、どういう風に生きてきたのだろう」


自然に出てきたそのつぶやきは、未だに消える事のない孤独と不安を少しだけ和らげるような気がした。そう、早川さんのような人はどんなことがあっても生きてゆける。彼女が作品に向き合うように自分も何かに向き合えるのなら、この気持ちは少しは軽くなるのかなんて思ったり。絶え間なくしとしとと降り続く雨はアスファルトを濁らせている。ここで生活をして次第に見慣れてきた景色だったものが、なんとなく隠している一面を見せているようで雨の音に混ざって時々聞こえてくる物音が何だか妙に生活感を漂わせている。



しばらく歩いて生活圏にあるスーパーに辿り着くと、自分とは何かが違ってはっきりと目的を感じる主婦達が気忙しそうに店の中を動いていた。こういう風に想像するのが正しいのかは判らないけれど雨の日に買い物に来るという事はそれだけ必要な物があるという事なのだろう。おそらくは並べられた商品を見定めているその人にしか分からない基準で手にとって、それが賢明なのかどうか考えながら選んでいる。僕はといえば頼まれたものを買うだけだ。



だが、自分で選んでいると仕事と同じように「微妙な判らなさ」が付いてまわる事に気付く。それこそ「早川さんだったら」同じハンドソープでも具体的にどれを選ぶのか、とか、その量についても任されている部分は意外とあっていちいち電話して確認するのも手間だろうし、その辺りは殆ど「なんとなく」選んでしまっている。



<なんとなくでも選べるものだな…>



人生の行き止まりを経験したあの日の僕はもう選べなかった。いや、理屈っぽく言えば選ばない事を選んだ。もうそれ以上何もしない、そう思って自分の身をアスファルトの上に捨てたつもりだったのに、今はこうしてごく普通に生きるために必要な事を続けている。ここしばらく過ごしてみて何だかんだで死を選ぶほどの意志はないし、結局それなりに面白い事が見つかって必要な事を必要な事と理解しはじめる。少なくとも今の僕には早川さんの生き方を否定する理由が見当たらないし、早川さんが自分の生活の中に自分を組み込んだ事の大きさを考慮すると、無碍にしてしまうのも悪いなとかなりの強さで感じてしまう。


『でもそういう君の性格が問題をややこしくしているような気もするんだよね』


脳内のハスキーな早川ボイス再生される声に思わず苦笑してしまいそうになる。ある意味早川さんは僕を見守ってくれている存在として認識されているのかも知れない。実物の早川さんはそうであるばかりではないのかも知れないけれど、こうして一人で出かけている時にもその存在を感じるというのも何とも複雑な気分である。


『あ、あとは君の判断で適宜必要と思うものを買ってきてくれてもいいよ』


これは出がけに言われた本物の言葉である。どこかの企業で経営を任されているような感覚だけれど、大真面目に『必要』という語句の意味を考え始めるとドツボにはまりそうである。それこそ脳内で認識されている早川さんが喜ぶだろうと思うものは何故か僕があまり必要とは思えない。異性の気持ちになって作品を描いている人にはこういうのは容易いのかも知れないけれど、女性は甘いものが好きだというテンプレートで考えてしまうと少し違うし、かと言って自分の感覚でやろうとすると…



そういえば以前気を利かせてアイスを買ってきた時は喜んでくれたなと思い出す。今回は溶けてしまう心配があるから別のものとして代案を考え始める。そしてふとレジの近くを通りかかった時、僕は「それ」を見つけた。



☆☆☆☆




「お帰り」


「ただいま帰りました」


家に戻って早川さんに頼まれたものを買ってきた旨を伝えると彼女は少し嬉しそうに、


「助かるよ。」


と言ってくれた。咄嗟に『本当に助かっているのは僕なんですけどね』という自分としてはかなりポジティブで気の利いたセリフが浮かんできたけれど、恥ずかしくなって照れ笑いになってしまった。


「あ、それでですね、こんなものが早川さんには必要なんじゃないかと僕なりに考えまして」


といって僕は薄い黄色の紙袋に包まれた商品を手渡す。



「ん?これはなんだ…あ、こういうものを買ってきてくれたのか」



中に入っているものを確認して感心したような声を出す早川さん。それは前々から気になっていたコーヒー風味ののドーナッツだった。やはり作業していると甘いものが欲しくなるし、コーヒーにコダワリのある早川さんならば一度は食してみたいだろうと「想像」したのである。



「君もなかなか分かっているじゃないか。というか、私の見立てだと君は応用力があるとみた」


褒められるのは慣れていないので照れ隠しに、


「早川さんの教育の賜物ですよ。もしかしたら本当にアシスタントになれるかも知れませんね」


と言うと、


「う~ん…正直題材としては漫画家のアシスタントネタというのはありふれてるからね。どちらかというと家政婦のようなポジションで居てくれると色々助かるんだが…」


という微妙な発言。何はともあれその辺りの事を少し話し合うためにも、


「じゃあコーヒー淹れますんで、それ食べましょうよ」


と提案したのだった。
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