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ステテコ・カウボーイ⑩

夢に「あの人」が出てきたのは僕にとって大きな出来事だった。他の人だったらどちらかというと不吉なものと捉えるのかも知れない。今は亡き、「川相那津子」という女優が夢に出てきたら、自分もそちらの方に引き込まれてゆくのではないかと一瞬焦ってしまう。


ぼんやりしたままどこかで聞き覚えのある落ち着いた声が聞こえてきたと思った。もしかしてと思って立ち上がったら、正面で僕に向かって何かを語り掛けているその人が立っていた。僕はその時、とっさに何か大事なことを言わなければならないと感じて声を出そうとした。ありがちかも知れないがそこで目が覚めた。彼女と僕がいたのは、どこか知らない町だった。夢にしては気の利いているくらい再現性があって、そりゃあ記憶から復元したものだから生前のラジオでよく聞いた透明感のある独特の声がそのまま耳に聞こえたし、姿だって実物を生で見たことがない割にはかなり正確に見えた。


僕は目覚めて一瞬だけ「自分が死の方に引きずられている」と感じて背筋が粟立った。でもよくよく考えてみるとどうしてそれを恐れているのかよく分からなかった。目覚めた朝は気持ちいいくらいの快晴らしくて、緑色のカーテンの間から射し込む光が僕を包み込んでくれているように感じる。


「なんて言えばよかったんだろうな…」


夢の余韻で僕は独りごちる。スマホで時刻を確認しているうちに現実に引き戻される。こういう時、僕はその余韻の力を借りて何かをするべきなのか、それともあれは夢なのだと割り切って厳しい現状を見つめているべきなのか分からない。でも、思いっきり肯定的に捉えれば少なくとも僕はまだ死にたくはないようだし自分を勇気づけるような夢を見るイメージ力があるなら、まだ自分自身をだませるんじゃないだろうか。そうすることに意味はあるのか、ただ少なくともそうする事で僕自身は僕を見限れなくなるだろう。



そう頭ではわかってはいるが、いざ動き出そうと思うとまた夢の中に誘われたい欲求が芽生えてくる。けれど昨夜早川さんという『現実の人』が、またしても僕に暗に何かを訴えているような気がしてしぶしぶ起きる。


「う~ん、やっぱり人に淹れてもらったコーヒーの味は格別だ」


日課となっているコーヒー淹れを欠かすのは悪いなと思い始めている今日この頃。こうやって喜んでくれるのはうれしいけれど地味にプレッシャーというか、淹れてなければならない状況に持ってゆこうとしているんじゃないかと邪推をしてしまうことは悪い癖だろうか。居候の身で何を言っているんだと思われるかもしれないが、僕が自分から進んでやるから意味があると思うという自分勝手さはれっきとした僕の意思なのだろうとも思う。



今となっては何もしたくないわけじゃない。それこそ出来るだけ早川さんに気持ちよく過ごしてもらいたいし曲がりなりにもあの時の「契約」があって僕の存在が彼女の作品の役に立つなら、なるべくなら協力しておきたいと思うのも、今朝の夢を引き合いに出すと説得力が薄れるかもしれないけれどかなり本気なのは間違いない。


「なんだか今日はシャキッとした顔をしているね。何かあったかい?っていうか、何かがあるとしたら君の心境の変化なんだけどさ。まあそれは割合何かがあったからってものでもないんだけど…」



早川さんは不思議そうな顔を僕に向けている。夢のことを説明すれば彼女は納得してくれるのかも知れないけれど、どうも言い難い。僕も彼女の正面に座ってコーヒーをすすりながら、


「いや、その。心境の変化といいますか、何か作品のことで僕が役に立てることがないかなんて考え始めるようになってまして…」


「そうか…」


いい反応が期待できるかと思いきや、早川さんの反応はいまいち。「どうかしたんですか?」と尋ねたがっている様子が見えたのか、


「いや、こんなことを言うのも変なんだけど…、と言いつつ変な意味で捉えないでほしいんだけど君が一緒に居てくれているだけで、私にとってはもう何らかの形で作品にリアリティーが出ているんだよ。というか作品だけじゃなくて、割と私の気持ち的にも何か張りが出る感じがあってね…」



「そ…それは…」



聞いてみるとなんと答えたものか困る内容だった。早川さんが妙に極まりが悪そうにしているのを見ると僕と同じことを感じているらしい。お互い気まずいというか、そもそもこれは当初の予定にはなかった展開のはずである。


「た…確かに早川さんの生活を見ていると最低限の人間づきあいしかしていないような気がしますし、ペットとか飼うのもいいのかも知れないですよね…ってかそれで僕が犬とか…」


「い…いや…そうじゃないんだ。というか、私だって友人の一人や二人や三人はいるよ。ただね、この歳になるとみな家庭を持ったりなんだりで、なかなか気軽に会えなくなってくるものなのだよ。君はまだ若いからわからないかもしれないけど」


「いえ…別に友人がいないとは言ってませんよ。でも職業柄、家に缶詰になりやすいですし、仕方ない部分もあると思うんです。まあ早川さんの話し相手として何かプラスになるなら僕としてもうれしいですね」


「うんとね…なにかが微妙に違うんだよなぁ。君は自分のことをもう少し分かったほうがいいのかも知れないが…私からはなんとも言い難くいものがある」


「難しいですね…う~ん」



だんだんなんの話をしているのかがわからなくなってきた頃だった、この家ではほぼ仕事用でしか鳴らない備え付けの電話が鳴りこの頃は電話の番もするようになった僕が習慣的に出ると、


『あ~!!もしもし!!真紀?あたしあたし!!久しぶり!今日大丈夫?』


と朝にも関わらずかなりハイテンションで喋りだす人が出た。一瞬間違い電話かと思ったけれど、とっさに早川さんの下の名前が「真紀」だということを思い出し、


『あっと、今早川さんアシスタントのようなことをしている者ですが、もしかするとご友人の方でしょうか?』


となるべく落ち着いて答える。相手は一瞬「え…?」という声を漏らしたけれどすぐ事情を理解したのか、


『あら、ごめんなさい。真紀だと思っちゃった。ええとじゃあ、そこにいる?』


『はい。今代わりますので』


と早川さんに目配せをする。なぜか顔を微妙にゆがめている。


『もしもし、その声は咲枝か…まったくあんたはいつも突然だな、、、うん元気にしているよ、、、ああ、そうだ、同居している、、、ってかなんなのよ』


早川さんが受話器を握ってからの言葉でおおよそどういう内容を話しているかが想像できる。おそらく友人ということで間違いなさそうだが、時々女言葉というか口調が変わってくるのが新鮮だった。女性は長電話というイメージそのままに結局10分ほどしゃべり続けて、最初は不機嫌そうだったのが最後は早川さんも嬉しそうにいろんなことを話していた。


受話器を置いて「ふぅ」とため息を吐いた早川さん。


「どうでしたか、真紀さん」


少しユーモアを出してあえて下の名前で読んでみると機嫌がいいのか微笑んで、


「中学からの同級生さ。私はもともと目立つ方のグループには居なかったけれど、彼女を含めた4人のグループは今でも付き合いがある。その友達にノートに描いた漫画を見せたりしたところから私の創作活動が始まっているから、原点でもあるね。さっき言ったみたいにお互いに忙しかったりで頻繁にというわけではないけれど、電話をくれたり時々遊びに来てくれるんだ」


「へぇ~いい関係ですね」


自分のことではないが聞いているだけで心が温かくなるような関係である。僕にも一応友人と呼べる人はいるけれど、疎遠になりかけている。


「でね、今日来ることになった。春日咲枝という人だ。既婚者で子持ちだ」


「え…?来るんですか」


「ああ、流れで来ることになった。仕方あるまい」


「ぼ…僕はどうすればいいんですか?」


「どうって、普段通り過ごしてもらえばいいよ」


この時、何も気にしていない早川さんを見て僕は非常に嫌な予感がしたのだが、どうしてそう思うのか自分でもよく分からなかった。
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