FC2ブログ

ステテコ・カウボーイ ⑭

ある晴れた日。何だか穏やかな気持ちで目覚めた僕は、とても自然な思い付きで散歩に出掛けようと考えた。思い返せば自分を何か義務のようなもので奮い立たせるように起き上がらなくても、本当に心の底からそう思えたのは大分久しぶりのような気がする。


窓からの柔らかい日差しに包まれた部屋で着替えをしていると、こうして過ごしている事自体が本当に出来過ぎているというか、こんなひと時があるなんて事がちょっと信じられていない自分がいるような不思議さがあった。思えばここで寝起きするのももう10ヶ月になるだろうか。新しく始めることの難しさを感じていたのにやっぱり新しい季節は巡ってくるし、この生活に愛着を感じていないといえば嘘になる。


この生活…いや早川さんに親しみを覚えずにいるのはむしろ不自然なことだ。ただそれが、友情だとか、恋だとか簡単に名指せるようなものではないことは確かで、この世界でそんな気持ちになれる存在が僕にはどのくらい見つかるものか全く想像できない、そんな心強い人に出会えたような気がする。



「誘ってみようかな…」



本当に何気なく、僕は早川さんを散歩に誘ってみようと思った。それは本来は何でもない事で、いつだって誘おうと思えば誘えただろうし、これからだってそうなのだろう。けれどそうする理由が見つからなければ、もしかしたら起こりえない事なのかも知れない。春の装いに相応しいような緩さをイメージしたパーカーは、平素は堅くなりがちな自分の雰囲気を和らげてくれるようで、着替えた僕はそのまま早川さんの仕事場に立ち寄った。


「おはようございます。早川さん」


そう声を掛けると彼女はこちらをちらっと見て、


「うん。おはよう。今日は良い天気だね」


と言った。僕はその様子を見て何かを確かめると、


「そうですね。いい天気なんで今から散歩してこようと思います」


と言ってからすぐに付け加えた。


「早川さんも行ってみませんか?」


「え…?」


早くも作業に目を移しかけていた早川さんは、今や「すごく意外だ」という表情で僕を見つめている。なんだか照れ臭くなってくるがここはこらえて、


「えっと、天気がいい時には誰だって外を歩きたくなるもんじゃないですか。だから一緒に行きませんかって誘ってるんですけど…」


とそれが「ごくごく当たり前」という体で言う。早川さんはしばらく「え~と…」と何かを考えているようだったが少しして「なるほどね…」と呟くと、

「そうだね。少しくらいは出歩いた方がいいかもね」


と賛成してくれた。そのまま「ちょっと待ってて」と僕に言うと、そそくさと準備を始めたらしい早川さん。若干、仕事の邪魔をしてしまったかなと不安になったけれど、何故だかその時の僕にはそうする方が善い事のように思えていた。



5分後、僕と早川さんは玄関の外にいた。家の中で感じるよりもほんのわずかに暖かく感じる天気で、気分が次第に高まってくるのを感じた。


「あー、久しぶりかもね。今日はちょっと遠くにも行けそうな気がするよ」


機嫌のよさそうな早川さんを見ると僕の判断は間違っていなかったなと思う。生真面目な事を言えば、これで早川さんの漫画のネタでも落っこちていれば御の字なのだけれど、さすがに今はそういう話をする気分じゃない。純粋に歩いてみたい。


いつもなら特に何も考えずに歩いている道も早川さんと歩くと、お互いのスピードに合わせるからか見えなかったものが見えるような気がする。例えばこの辺りには意外と小鳥が多いんだなという事だったり、朝のこの時間はちょっと車も通るという事とか。


「男の人…というか、金成くんと歩いているとどういう風に見られるのか気になるところだが、意識しすぎだろうか」


早川さんのこの答えようのない質問にちょっと苦笑しつつ、


「早川さんの漫画だと、この辺りで手を繋いだりとかじゃなかったですかね」


とふざけてみる。すると少し心外だというようなリアクションで、


「あんまりからかうんじゃないよ。漫画はあくまで漫画さ。だからこそ面白い」


と持論を展開する。が、そのあとに、


「手を繋ぐのは必然性があるからだよ。我々に必然性は…」


「必然性と言われると、、、」



そこでどちらも沈黙してしまい。『微妙に』微妙な雰囲気になる。一方で、これが漫画のような展開で進んでいるやり取りのリアリティーではないという事も何となく分かる。動き出そうとしても現実にはそう簡単には動いてくれなかった僕の心のように、おそらく表面上は今の生活に満足している筈の早川さんのほんの僅かな迷いのように、殆ど蛇足としか思えないような気持ちの切れ端が『リアル』で、そんな些細なことのために、上手い具合には進んでいかないというのもごくごく普通の事なのかもしれない。



僕と早川さんはいつの間にか15分程歩いていて大きな川の側の堤防に差し掛かっていた。


「あの向こう辺りまで歩いたら戻ってこよう」


早川さんは真正面の橋の見えるところを指さしていた。そこまでおそらく10分掛かるか掛からないか。散歩としては丁度いいだろう。歩き始めると早川さんは自然にこんな風に話し始めていた。


「自然とここまで歩いてきたけれど、私はこの道が好きなんだ。理由がわかるかい?」


「え…?水があるからですか?」


「いや、もっと単純な理由だよ。私は犬を飼っていたから、他の人が犬と散歩に歩ているのを見るのが好きなんだ」


「ああ、なるほど」


「君を犬に喩えたことがあるけれど、これが「犬と散歩」の発展形だというのなら、悪くはないね」


そう言って一人で吹き出している早川さん。いつもなら同じように捻くれた言い方で応答してるのだけれど、今日はちょっと違う気分だった。


「犬の気持ちもなんかわかる様な気がしますよ」


自分で言ってて変な言葉だなと思ったけれど、僕は確かに誰かに引っ張って行ってもらいたい時間が長かったような気がする。


「そ…そんなつもりで言ったんじゃないから…」


何故かフォローされてしまうが、本当に僕と早川さんの関係はお互いのあり方がちょっとでも変ってしまえば全然違ったものになってしまうような、そんなちょっと複雑なものなのかもしれない。


「分かってますよ」


僕は彼女に笑いかける。徐々に目的地が近づいてきている。生憎と飼い主と散歩をしている犬は見掛けなかったけれど晴れ渡った空の下で、こんな時間を過ごすのもなんか贅沢だなと思えていた。橋まであと20メートルというところで僕はこんな風に切り出した。


「その…今更こんな事を言うのも、あれなんですけど」


「うん」


「あの時僕を拾ってくれてありがとうございます」


「なんだい。水臭いな。いや…そうじゃないかな。『どういたしまして』だね」


「さっき早川さんは手を繋ぐ必然性を説いておられましたが、別な意味で僕は手を繋ぎたい気分です。それにはきちんとした理由があります」


「それはどういうものなの?」


それにはすぐ答えず不思議そうにしている早川さんを焦らさせるように橋まで無言で歩いて、僕はこう言った。


「『握手』です」


「お…おお…」


おそらく早川さんは関心している。我ながら良いタイミングを見つけたものである。


「なるほど、それならば必然性があるね。「あの時」とは違うという事なのかな」


早川さんの言う「あの時」僕は縋る思いで見知らぬ女の人の手を「掴んだ」。あの時の感謝を伝えるために、これからの何かを伝えるために、僕はもう一度彼女の手に触れる。「あの時」感じたのはぬくもりだったけれど、職業柄か少し冷え性気味の手を握って僕はこれからの事を思い浮かべる。


「家事を任せているせいか、ちょっとかさついている手だね…可哀そうに…」


という彼女の言葉に僕はこの上ない現実感を覚えつつも、この上なく頼もしい何かを感じるのだった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なんとかさん

Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
普通のカウンター
投票
無料アクセス解析
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR