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都合をつけてボルドネス

変らぬバリカン桜が花火を打ち上げる。御見それしましたと言わんばかりの風体でたばかっている本屋の娘、本棚に向かって愚痴をこぼす。

「歯磨き粉が辛いのなんのって、ついこの間買い替えたばっかりで」


経験上、そこには立ち入らないほうが得策だと心得ている主人は不安そうに外を窺う。

「一雨来そうだな…こまったなぁ」


客が来るかどうかよりも、洗濯物を取り込むのが億劫で困るという主は愛想をつかされた妻を思い出す。そんな風に出来上がっている店内でひと際目立っているのは猫である。珍名好きの嫁の趣味で「カッパ」と名付けられた三毛猫はここしかないとばかりのタイミングで髭をなでる。古来、猫はそうするのが宿命という知れ渡った説に我もと乗っかって、


「ふむふむ」


と自らの顎を右手で包み込んだ主人は図らずも万民電脳時代にレトロチックな趣になった瞬間に悦に入りそうになる。


『そもそも本屋さんなんて今時儲からないよ』


冷たくあしらわれた過去をなるべく思い返さないように過ごしてはいるものの、現実問題『儲け度外視でやっているんです』的開き直りがなけりゃ続けるのは難しい商売。本当にこれは商売なのか、疑わしくなることもある。でも猫も娘も養ってるわけだから商売はやっているんだろう。現に歯磨き粉への文句くらいなもので、さして現状を嘆いているようには思われない愛娘と三毛を見るたびに心が救われる思いがする。そんな心境さえ読み取れる場面が展開されている。表情にすべてが現れている。その空気の淀み方で言わずとも知れている。



そんな折、客がやってくる。サラリーマン風の恰好をしているからサラリーマンなのだろう。いやそこを疑ってもしようがないのかも知れない。だからサラリーマンという事にしておいて、接客をするわけですな。じゃあ、彼がなんの本を手に取るかというと、取らないのですよ。本棚を眺めているだけなのですよ。そして気まずさに似た間があって、彼がこう口を開くわけです。


「すいません、新社会人向けの指南書みたいのは扱ってないんですかね?」


まさかこの中年に差し掛かっている男性が新社会人…?なんて非常識にも考えそうになって、


<いや、普通に考えて新入社員とかに薦めるって事だよな>


と慌てて心の中で否定して改めて男性の方を見遣る。


「うちではそういうのは置いてなかったですね」


何度となく繰り返されたセリフを淀みなく言う主人。なるべくその言葉の背景にある事情と「仕方なさ」が感じ取れるように心がけて発音したからなのか、


「そうですか」


とすぐ納得したように見えた男性。だけどここからが予想外。彼は突然さして聞きたくもない身の上話をおっぱじめる。やれ会社が傾きかけて、そいで慢性人員不足でやっと入ってくれた社員を教育するようにと切願され、そんな事やったこともないのにどうすりゃいいんだ、割とイエスマンでここまで来たのに…いやイエスマンで来たからこういう事を突然任されるのだ、全くどうしたものか。



そりゃあもう愚痴なんですな。


<そもそも書籍でどうにかなるんならベストセラーでっせ>


と言いたくなる気持ちを抑えつつ、


「ほいじゃ、毛色は少し違うかも知れませんが「人心掌握術」みたいのはどうですか?うまくコントロールしてゆくっていうんですかね、ははは」


主人、別に本気で薦めたわけではない。とにかく大分ましになったこの場の空気が澱んでゆくのが厭なだけである。だがサラリーマン、「ほう」と興味深い様子で頷いた。だから世の中というものは意外とややこしい。



結局、そのつもりもないのに売り上げを伸ばしてしまった事に対して少しばかり自己嫌悪になりかける男がまたぼんやり外を見つめている。そして猫がほとんど無意味に「にゃー」と一鳴き。それを合図にぽつぽつと振り出して娘が一言。


「ねえ、別な歯磨き粉買ってきてよ」



<だから何でこのタイミングなんだよ>


と誰でも言いたくなる。そういう事が得てして起こるものだなと誰かは思う。
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