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作品のような

最近ほとんどの時間を勉強に充てている。「攻め」の姿勢で取り組んでいると世界にある事の殆どが有効に活かされるような気さえしてくるが、自分の在り方を追究してゆくと、少なくとも「世界を感じる」時間が必要だと思われてくる。


5月も終盤になってきて、気温も一気に上昇している。体調管理等を気をつけつつ、様々な情勢を窺いながら純粋に音楽を聴く悦びに浸っていたりする。たぶん、大多数の人にとってあまり喜ばしくないニュースが高頻度で流れてくる中で、改めて『蓄積』された作品の価値を再確認する。



時間差…本性上そうならざるを得ない『作品』が時間を越えて何かを伝える。確かに味わっているその時間は作品の持つポテンシャルによって、貧弱な言い方をすれば「乗り切れる」、頼もしい表現をすれば超えて行ける。昔からQUEENのポテンシャルは高いと思っていたけれど、最近ますますそのポテンシャルを実感しているような具合に、既に繰り返されて世界を変えているのは間違いない。読書については古典であればある程に悠遠の時間を越えて伝えられている感じがする。



ナンセンセンスなどでも表現したけれど、自分がそう感じるというのは普遍的な事でかつて同じように感じた人がいて、そしてその人も何かを願っていたのだろうと思う。その日限りのブログから、超えて行ける作品としてのブログ(エッセー的なもの)になればという願いはあるけれど、どうも両立し難いところがあるらしい。




何といっても自分の心境は変わってしまう。「地平」と思ったところもいつの間にか塗り替えられていて、マトリョーシカのように把握した自己を把握するように見え方も変わる。そうでありつつも、例えば作品を書くことで自己が把握されるという事があるというのなら、作品は常に立ち返る場所として意味や価値を持つ。




ほんの少しだけ流れてゆく情報としてではなく、立ち返る場所として記録をし続けたいと思うようになっている。
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Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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