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ナンセンスとそれから

物語を書くつもりです。リンクフリーです。

演じぇない

Posted by なんとかさん on   0  0

「君はいま、何してるの?」


夜、わたしは心の中の誰かに呼び掛けるように呟いた。それは淡い恋のようなものの名残で、まだ夢の中に時々現れる誰か。心というものは案外素直でほんのり幼いままに、訪れる筈のない時を待っている。


『強がっていても強くなっているわけじゃない』。それでも人は頼もしい言葉を待っている。幼いままの心は身体に似合わない、そういう悩みも世間の話の中では居場所がないのは分かり切った事なのかも知れない。せめて自分くらいはそれを認めてあげようと思って選んでいた薄手の淡いピンクに水玉のパジャマに身を包み、冷え性の身体には必須のふかふかした毛布に包まっているわたしの姿を見たらあの人は何て言うだろう。


『大丈夫だよ、僕はいつも君の見方だよ』


そんな素敵な言葉を投げかけてくれる人ではなかったような気がするけれど、長い間わたしの中で育まれてきた末のその心強さにほんのわずかに心が癒される。



1時を過ぎたのを知って「結構ギリギリだなぁ」と苦笑するように言ったのを合図に、弱さをしまい込むようにしっかり目を閉じた。



「あーえーとですね、誠に申し訳ございません」



その静寂の中で突然男の人の声が響いた。反射的に飛び起きて周りを確認したけれど、当然の事だけれど誰かがいるという事はない。すごく明瞭な発音だったけれど『幻聴』というものなのだろうか?それにしては明らかに自分の外から、しかもとても近くから響いたような気がする。



とにかくもう一度時間を確認してみようと思って枕もとのスマホを取り上げた時だった。


「あー、その申し訳ございません。そちらのデバイスからです」



何も設定していないはずのスマホの画面はフェイスタイムモードで起動していて、そこに誰かの顔が映り込んでいる。


「きゃーーーーー!!」


自分でもビックリするほどの大きさの悲鳴が出てきてしまって色々とドキドキしてしまう。どういう状況なのかはよく分からないけれど、反射的に通話をオフにしようと色んな所をタップし続けたのだけれど、何か特殊な通話モードらしくてそのままどんどん時間が経過してゆく。するとまた画面の方から、


「えーとですね、多分通話はオフにできないと思います。というか厳密には通話ではないので…」


とやけに冷静な言葉が発せられる。恐怖のあまりその場から逃げ出したくなったけれど、落ち着いた男性の声で悪戯をしているような声音には聴こえなかったので、いったん深呼吸をして相手の言うとおりに対応することにしてみた。


「わ、わかりました。ちょっとわたしにはよく分からないのですが、これだけは教えて下さい。わたしに何をするつもりですか?」



わたしの知識でも「凄腕のハッカー」だとか「闇のツール」だとか、「故障」とか比較的現実的な解釈はできていたし、まずは相手が何を要求してくるのか慎重に見極めないといけないと感じた。だけどその人は予想に反してこんな事を告げる。


「えっとですね、誤解がないように説明するのは非常に骨が折れるものと思われるのですが、手っ取り早く私が『天使』で最小限の接触方法であるこのデバイス経由で貴女をサポートしようという心づもりなんですよ」


「はい?天使ですか?」



「はい。信じてもらえないかもしれないですけど、現代的なモラルに照らし合わせて『天使』と言えども女性の一人暮らし宅に突然現れるのは色々躊躇われてですね、それでも貴女の心の許容量を考えると、今日あたりに何かしてあげたいなと思ったんです。と言っても自分天使の中では不器用な方で、野暮ったい事しか思いつかないんですよね、ははは」


なんだかとても明るい声で説明してくれて、実を言うとそれだけでも少し気が紛れたりはしていたのだけれど、それでも相手の言う事をそのまま信じる事はまだできない。


「よく分からないのですがたとえそれが本当だとしても、わたしがそれを信じる事はできないと思います。証拠がなければ」


「証拠ですか…。じゃあ、私の羽を一つそちらに転送しますよ」


と言うや否や、わたしの枕もとに白い羽が一つ立ち現れた。


「これ…本当に羽だ…」


確かにそこには何もなかった筈で、わたしは今や証拠を突き付けられてじわじわと何かを実感し始めていた。


「じゃあ、あなたは本物なのですか?」


「ええ、『本物』です。しょぼいですけど」


漠然とした天使のイメージからは程遠いいかにも普通の人という『天使』が実在することを了解したわたしは、


「分かりました。ちょっと頭を整理したいので待っててください」


と時間稼ぎをする事にした。スマホをそこに置いたまま、一度洗面所までやってきて自分の表情を確認する。思いのほか嬉しそうだと思った。頭の中で、


<じゃあ、そういう天使がいるとして何をしてもらえるんだろう?>


とあれこれ想像してみたりしてもし頼めるなら何かを頼んでみようと心に決めて、部屋に戻る。


「おかえりなさい」


「すいません。大丈夫です。話を続けてください」


「え?話ですか?何を話せばいいんですか?」


「はい?」


わたしは相手が思いがけない事を口走ったのでまた混乱してしまった。


「え、でも『天使』さんは何かをしてくれるって事ですよね。」


「まあ電話口でのサポートですから、出来る事は限られてますけど」


「それってどうなんですか?わたしは明日も仕事なんですよ…」


「先ほど申し上げましたが、私は『天使』の中でも不器用で多分人間に置き換えると冴えない人ですよ」


「自分で『冴えない』っていう人にサポートされる事もないっていうか…」


「でも、『天使』の実在性についてはこれで伝える事ができましたし、そういう存在が見守ってくれていると思えれば心強いでしょ?」


「な…」


言っている事には一理あると思ったけれど、あんまりにも発言が野暮ったすぎて絶句してしまう。


「その発言はひどいですよ…何ていうか貴方には愛を感じません」


「あー、ごめんなさい。確かにそうでした。でも『愛がない』って事ではないんです。愛はあるんですよね。それを示すのはとても難しい事で、色々悩んでるという。実際問題、貴方を見守る事にして長い時間が経ちましたけれど先ず『現れるか』、『現れないか』の逡巡があって『現れる』としたら本当に大事な時にしようと決めて、現れ方もなるべく驚かさないようにしてこういう風に現れたんですけど…なんていうか中途半端になってしまいましたよね…ほんとアカンなぁ…」


こんな風に目に見えてしょげ返っている天使さんを見て少しだけ感じるものがあった。それが何なのかが分かったわたしはちょっとだけ心が軽くなるような気がした。


「ふふ、天使さん、本当に『不器用』なんですね」


今更ながら画面を良く見つめてみると、確かに『天使』と言ってもいい整った顔立ちなのが分かった。


「困りますよねぇ…やっぱりあれですよね、優しくて包容力のある方に現れてもらった方が良いですよね…。」


その時わたしの脳裏に「あの人」のイメージが浮かぶ。


「否定はできないですね…わたしも本当は弱いから…」


もしかしたら自分で「弱い」と誰かに言ったのはこれが初めてかも知れなかった。それが少し意外だったけれど、彼はこう続けた。


「あの、お勧めの曲があります」


「曲ですか?」


「えっとですね、天使達の中で実用的に『ヒーリング』の研究をしている部門があるんですが、現世において最近特に『ヒーリング』力に秀でた作品を生み出す天性の才能を持ったアーティストが出てきたともっぱらの評判なのです。僕もそれを聴いてですね思わず号泣してしまってですね、これはサービスという事でこの端末にダウンロードしておきました」



「ダウンロードしたんですか?」


「大丈夫です。僕のポケットマネーでダウンロードしたので…それでは今日のところはこれで失礼します」


と言うとそれを最後に天使さんの姿が画面から消えた。そして彼の言う通り、わたしのスマホの中には知らないアーティストのある曲がダウンロードされていた。



☆☆☆☆☆☆



数日後、わたしは職場の休憩室でスマホで『ココロ』という曲を再生していた。そこに通りがかった同僚の子が、


「その曲、いいね。なんていう人の?」


と訊ねてきた。


「『アンジェロ』、イタリア語で天使だって」


「へぇ~素敵…」


「ねえ、もしこれが『天使の羽』って言ったら信じる?」


そう言ってわたしはあの時の白い羽を彼女に見せた。彼女はしばらくそれをじっと見つめて、


「天使ってどんな人なんだろう?」


と言った。


「天使も色んな人がいるのかもね」


わたしのその答えが意外だったのか、彼女はちょっとだけ笑っていた。

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なんとかさん

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