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盛るミス

知人からある話を聞いた。なんでもこの町に『超』のつく絶品の料理を出すという隠れた名店があるのだそうである。だがその店の店主はかなりのへそ曲がりで気に入った人にしか料理を振る舞わないという事だそうである。この町に来て数年経つが、そんな話はそれまで全然聞いたことがなかったから、ガセではないかと思ったが、他の人に訊いてみると、「ああ、その噂なら聞いたことあるよ」と言っていたので、まあまあ知られた噂らしい。噂のレベルの話で貴重な時間を無駄にしたくはないが、丁度その時はたまった休みがとれて、特にする事も無かったからちょっとした気紛れも手伝って、その店に行ってみようと思った。


知人から聞いた話を頼りに、一度も通った事がないような知らない道を車を走らせて進むと、普通の家しかない目立たない通りに小さく「モルヒネ屋」という看板が立ってあった。「モルヒネ」って強烈な麻酔だろうと思うし、ましてや「モルヒネ屋」では怪しげな店に思えてしまう。けれど、どうやらその近辺らしいし、知人も「なんか凄い名前の店だ」と言っていたから多分そこなのだろう。


「モルヒネ屋」はその看板の立っている場所のすぐ近くにあった。小さい駐車場に車を停めたが、お昼時だというのに車一台停まっていない。本当にやっているのだろうか、と心配になったが入り口に『営業中』という板を掛けているのを見て、とにかく入店してみた。


「…」


何だろう。誰もいない。焦ったので、


「こんにちは、誰か居ますかぁ?」


と問いかけたが、なかなか返事が返ってこない。本当にやっているのだろうか?中を見渡してみると特に変わった事も無い定食屋という感じである。内装は全体的に色褪せていて、懐かしい感じのするテーブルと椅子が4セットほど配置されている。カウンター席もあって、雰囲気は悪くないのだが、客がいないからか閑散としている。普通なら人気のない店で、こんな所では食べたいと思わない。だが知人の話を信用するならば、ここで絶品料理が食べられるかも知れないのである。


「一種の賭けだなこりゃ…」


と何気なく呟いた時、


「何が賭けだって?今日は競馬あったかね?土曜だっけ?」


奥の方から店の亭主と思われる人物が料理人姿なのか、頭にバンダナの姿で現れた。亭主の年齢は60代くらいだろうか、顔には特に眉間を中心に皺が深く刻まれていて、見るからに頑固おやじという感じがする人だった。


「あ、いや。今日は土曜ですけど、競馬のことではないです」


「ああ、そうかい。そういえば明日は天皇賞だったな…」


亭主は競馬が好きなようである。競馬はそこそこ詳しかったので相槌を打ちながら答えた。


「はい。ジェンティルドンナとかエイシンフラッシュとか出るみたいですね」


亭主はそれまでの険しい表情から一転して「おっ」という顔をしたかと思ったら、


「お兄さん、競馬やるの?何来ると思う?」


と見るからに嬉しそうな表情で話題を広げてくる。


「私はエイシンフラッシュに期待していますね。ミルコ・デムーロとか好きですし」


「ミルコね。良いよねあいつは日本の事よく分かっている。去年も勝ったしな。でも俺は今年は牝馬。ジェンティルドンナじゃないかって思うんだな」


「どうしてです?」


この「どうしてです?」というのは競馬の予想ではあんまり意味はない。理論、データ派は理屈をこねて来るという可能性の高さを説明するが大抵それは自分が来ると思っている馬に都合の良いデータなり理論を探してくるような場合があるからである。つまり、どちらかというと「総合的に見て来ると思う」というのが本音で、それを補強する材料がデータとか理論なのだ。


「まあ、勘だな」


「私は、頑張って欲しいから応援する感じですかね」


「そういう楽しみ方もあるよな。さて…」


とその辺でまた表情が真面目なものに変わったと思いきや彼は唐突に言った。


「お兄さん。今日何食べる?」


「メニューがないんですけど…」


「ここはあれだな、なるべく食べたいものを出すようにしてるからメニューはあってないようなもんなんだ。まあ定食で出せるものは大体出せるよ。何にする?」


「えっと…じゃあハンバーグ定食みたいなのあります?」


少し迷ったが、美味しいもの=ハンバーグみたいな認識があるので、とっさに思いついてそのまま言った。


「よし。そこかけて待ってな」


指定されたカウンターの席に座って待つ事15分。出てきたのは見事に美味しそうなハンバーグ。白いピカピカしたお皿にたっぷりと特性のソースがかかっている。お味噌汁とサラダとご飯のセットである。とても良い臭いがして食欲をそそる。


「わあ、おいしそう」


「どうぞ」


「いただきます!!」


感想を一言で言い表すのは忍びないほど美味しかった。ハンバーグは箸を通しただけで肉汁が染み出て、口の中に放り込むと味が一気に広がって、思わず「うわ、凄い」という声が漏れた。ごく普通に見える味噌汁は凄くダシが出ていて味わい深く、ご飯に合う。シンプルなのに美味いのである。未だかつてこれほど食に熱中したことがない。


「ご馳走様!」


あっという間に平らげて、お腹もふくれ、物凄く贅沢感があった。まさに噂に違わず『絶品』である。


「はい。どうもね」


亭主もこちらが満足したのを見て笑顔である。ただ、気になる事があったので思い切ってここで質問してみる事にした。



「あの、噂で聞いたんですけど、この店って気に入った人にしか料理を振る舞わないって…」



「ああ、その事か。それは前の亭主の事とごっちゃになっているんだよ」


「え?どういう事です?」


「実はな、この店、あんまり料理の事が分ってないやつが厨房に立ってたんだ。それで態度だけでっかくなっちゃったもんだから、だんだん客足が減ってな、そいつは流石にそこで辞めちまった。でもここら辺食事処が少ないし折角店があるのに勿体ないなって思って、俺がそこを再利用して経営し始めたのが最近なんだよ」


「えっと、つまり…」


「多分、最近来たやつが少ないし、店の前にある看板とかそのままだから「モルヒネ屋」ってふざけた名前でまだ同じ亭主がやっていると思っているんだろうな。来た人の話と、それ以前を知っている人の話で喰い違ってそういう噂になっているんだな」


「なるほど…なんか、失礼な話ですが亭主の事を「へそ曲がり」だとかいう噂が流れてますね」


すると亭主は苦笑いしながら後頭部に手をやって、恥ずかしそうに



「いや…でも、まあ。それは強ち間違いじゃないんだな…」


「え?そうは見えませんけど」


「それもごっちゃになっているんだ。俺、競馬好きでさ、ついつい客に競馬の話題を振っちゃうんだよ」


「あ、そういえば」


「そこで、競馬についてはかなり「へそ曲がり」な予想をしちゃうってのは本当なんだよな」


「でも予想はジェンティルドンナですよね、本命だと思いますけど」


「違うんだよ。俺はな、さっき「勘」って言ったけど、実は今回はただ牝馬を応援しているだけなんだよ」


「え?」


「だって天皇賞と言えば、牝馬が活躍してきただろ。エアグルーヴしかり、ウオッカしかり、ブエナビスタしかり…ああ昔だとトウメイ、プリティキャストとかな…忘れちゃいけないヘブンリーロマンスもだぜ。何か天皇賞だけ牝馬ばっかりが勝つようになったらおもしれーだろうなって思ってさ。ただそれだけ」


「…」


「どうした?」


「ふふふ…なんかいろいろ面白いですね。私、気に入りました、ここ。また来ても良いですか?」


「ああ、勿論さ。またいらっしゃい」


「ところで…」


最後に気になっていた事を訊くことにした。


「この店の名前って本当は何て言うんです?」


「表出てよく見てきな!」


表に出て上を見上げた。「あ、やっぱりな」と思った。


「『食堂 ミスキャスト』。…渋い」
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