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タンジェントの嗤い

難解な数式を見て意味が解る人は素直に凄いと思う。私なんかサイン、コサインは分るけれども、タンジェントの意味が分からない。どうしてそこをそこで割らなければいけないのだろう。その値に何の意味があるのだろうといつも不思議に思ってしまう。


「数学なんて何にも役に立たないじゃん」


それを言うと、理系の彼氏は一瞬だけ蔑んだ目で私を見た…ような気がする。彼氏は言う。

「あのねぇ、数学は全ての基本だよ。今陽子が使っているパソコンもフォン=ノイマンとか、チューリングとかそういう数学者が考え出したようなものだよっていつも言っているじゃん」


調べる気はないけれど、やたら精確さに拘る彼氏の言うことだから多分正しいのだろう。でも、そんな事言ったって世界の事は全部数字で出来ているわけじゃない。こんな当たり前と思える事がどうして分らないのだろう?


「私数字とかって、なんか大切なものを失わせているような気がするの」


するとその瞬間、彼氏が眼鏡の奥をキラリと光らせたように見えた。得意げな表情は、いつもの議論の開始の合図である。


「ふふ…数学は厳密には数字じゃない、数学的な考え方の方が大事なんだよ。実際、具体的な数字とか計算とかは、算数の範囲なわけで、高等数学になってゆくともう数学=数字なんて考え方は出来なくなるよ」


んなもん知るか!!彼は笑っている。いや…嗤っている。私はこの「わらっている」の微妙な違いを数学では表現できないのに、数学で説明して、分った気になる彼の脳内回路が分らない。


「でもさ、私の言うことも分からない?数式では文学にならないのよ!!」


彼は不敵に笑う。私は厭な予感がした…


「いや、高度な理論の証明は、一種のストーリーでさえある。その人でしか導き出せないようなエレガントな証明は、数学者を感動させる。例えばゲーデルの不完全性定理は哲学の…」


彼氏の知識は数学から哲学の薀蓄へと容易にスライドする。こうなってくると、もう手におえない。


「じゃあそんなに言うなら証明してよ。感動させてみせてよ、お得意の『ゲーさんの定理』で」


私も負けてはいない。彼と付き合っているうちに、彼を袋小路に追い込む方法=定理を見つけ出したのである。


「ゲーデルねゲーデル。感動させてみせろって言っても、色んな背景が分らないとやっぱり面白くないよ」


「だから、背景までちゃんと調べて来てね!!出来るんでしょ?」


「いや、やれと言われればやるけれど、前それやったら途中で眠っちゃったじゃん」


ち…気付いていたか。調べさせて、何となく説明させて、途中で眠るのが一番良いのである。これだと説明しようとする気力そのものを削がせる。説明出来ないという事が彼にとって一番残念な事なのである。


「ま、そんな事はいいからね、じゃあ『たんじぇんと』教えてよ」


「何を教えればいいの?」


漠然とした質問に彼は困り果てている。私も一体何を教えてもらいたいのかよく分からないが、とにかく「タンジェント」のある部分が好きである。


「ほら、『いちまいたんたん』でしょ、早く早く!!」


「『いちまいたんたんたんぷらたん』でしょ?タンジェントの加法定理でしょ」


私は高校時代、数学の先生が真顔でこの公式の覚え方を言ったのだけが忘れられない。どこで使うのかもよく分からなかったけど、音韻が何かの呪文みたいで面白い。

「正確には「たんじぇんとあるふぁぷらすべーたいこーるいちまいなすたんじぇんとあるふぁたんじぇんとべーたぶんのたんじぇんとあるふぁぷらすたんじぇんとべーた」だよ…でもね、いつも言うけどさ」


この先は言わなくても分っている。彼のお決まりの台詞である。


「「公式は覚えるものじゃなくて、導き出すものだよ」」


彼はあっけに取られていたが、少し苦笑いをして。


「わかってるじゃん」


と褒めてくれる。私は実際は公式丸覚え派だけど、その言葉が好きである。だって、どんな定理も彼氏との付き合い方も、自分で導き出さなきゃ自分のものにならない。
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