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難扇子

「決してどうしようもないとかそういうことではないんです。ただ、」

ある日の夕暮れ時、私はそのまま帰宅するのが何となく躊躇われたので馴染みの店で愚痴っていた。乗り越えるべき色々な状況がある。期待に応えたい。けれど今はモチベーションが上がらなくて困っている。空中分解しそうになっていた精神がちょっとマシになるわけでもないが、聞き苦しい声で長々と話しているうちに聞き手の相貌が歪んできた。

「予め言っておくけどね、私は聞くだけだから」

いつも困らない程度に宣言してしまう。素晴らしい守備で、首尾だ。店主も仕事に関わるボーダーラインを超えないようにしている。実際には私しか分からない悩み。それをこうやって聞いて貰っている。確かに滑稽だ。そこから何か新しいことが浮かんだりするという展開をよくドラマなどでは見るが、経験的にそれはあり得ないだろう。


「ええ、分ってますよ。『分かっちゃいるけど辞められないんです』ってね」


高尚さの欠片もない、夕刻のただの冗談。大方の予想通り、眉を顰められる。


そんな中、徹底的に議論している男性が二人居た。控えめに主張している方が、


「わりと淡白な少年が、世間体を気にしているという事についてどう思いますか?」


と何の事やら判然としない問いを投げかけ、朗らかに笑っている。相手は答える。


「淡白というのは、世間体を気にして、という事かな?確かにあり得るね」


「その淡白な少年というのが、実は非常に腕白で…」


「ほう、腕白だったのか」


「というくらいの、ちょっと上手い話を考えていたんですよ」


「なるほど、ちょっと上手い話ね。なかなかどうして、考えつかなくなってくるものだよ」


「それがいけません。考えようとするからいけないんです。考えちゃあ駄目なんです!」


「でも考えないとね。っていうか考えているって言ったでしょ?」


酔いが回ってきたのもあって、私は「そうだ、そうだ」と小声で言った。すると物凄い勢いで、


「あなたもそうなんですか?分かってませんねぇ、考えようとしているんじゃなくて、既に考えているんですよ。それで考えているっていうのは後から分かるんですよ。」


私は、それを言われて少し思うところがあった。確かに、今の私も、頭の重くなるような事を考えようとしているんじゃなくて既に考えていたのだ。『分かっちゃいるけど辞められない』って凄い名言だよな改めて考えると。



もう少し、粘ってみようか。
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