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余白に込めた思い

「余白を埋めて下さい」と役人は言った。役人は僕を睨みつけている。僕は意図して余白を作ったわけではないのだ。単純作業に飽きて、その結果が余白となってしまっただけで。

「じゃあ、形式的に『これは余白ではありません』と書きますけど」


役人はしばし考えたのち、首肯した。それでいいらしい。そうならそうで、無理やりで済ます事を善しとするような風潮をなんとかしないといけない気がするのだが、それは僕が知った事ではない。役人が良しといえば、それでいいのだ。僕は愚痴る。


「でも役人さんも大変ですよね。僕みたいなアートの才能の無い人にポスターを依頼するんだから。それも上からの命令ですか?」


「そうだ」と役人は言った。お偉いさん方が決めた『世界ランダム化構想』の足がかりとなるモデル都市で計画を忠実に実行する役人。生産のランダム化が進んで、効率とかセンスとかそういう観念を無視するような割振りで物事を進めていった場合どのような事が起こるのかという事を社会実験によって調べようとしているらしく、白羽の矢が立ったこの古い城下町では、あらゆる生産で市民一人一人がそれぞれ与えられている番号に対応した活動を半強制的に行う事になっている。一つの活動の周期はおよそ一週間で、一週間はどれほど下手糞でもそれを遂行しなければならないのである。僕はちょうどデザインの仕事をしなければならなかったのだ。


「ちなみに役人さんもランダムで選ばれているんでしたよね」


「そうだ」という返事。正直役人は楽なようで面倒くさそうである。この人、本名は田中さんというのだが、彼の場合はぶっきらぼうな性格だからか比較的役職がピッタリなのだろうけど、ややキレやすい傾向があるのか口調もさっきから厳しい。明らかに役人慣れしていない。でもあと3日はこのコンビが続くらしいから、お互いに我慢である。僕にはとても使いこなせなさそうな高級なアート用のソフトで作成したとんでもなくセンスのない絵の余白に『これは余白ではありません』というテキストを埋め込む。


「役人さん」

「なんですか?」

「この絵どう思います?」

「素人が頑張って書いた絵だと思います」

「ですよね。じゃあ役人さんだったらどういう絵を描きます?」

「…」


役人は少し押し黙った。そして、意を決したかのように喋り出す。


「本当はこれを言いたくは無かったんですが、私はこの計画が始まる前までデザインの勉強をしていたんです」

「え、そうだったんですか」

意外な事実にびっくりする。

「そんな私から言わせてもらえば、官署で使う防犯用のポスターなのだから、もう少しきっちりしたデッサンが必要だと思うのですが、まあそれは大目に見るとしても、明らかにこれふざけてますよね。まあ今は役人なので口出しはしませんが」

「いや、ふざけたつもりはないんですけど、僕センスが壊滅的に悪いので」

「それにしてもこれは無いですよ。前まで何をしていた方なんです?」

「恥ずかしながら市長をやっていました」

「…」
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青写真を描くのもまたデザイン力です

市長、市長はこの街をどのような街にしたいのですか。

えー、みんなが笑顔で暮らせる街にしたいと思います。

産業はどうしますか。

えー、みんなが楽しく笑顔で働ける街にしていきたいと思います。

財政は以下省略

えー、みなさんのアイデアを基に抜本的な予算見直しをしてまいりたいと思います。

具体的には?

えーそれにつきましてはこれからとことん議論いたしまして

つまり青写真は皆無?

えー、それにつきましてはお答えしかねるのであります。

Re: 青写真を描くのもまたデザイン力です

こんばんは。

市民のアイディア任せ市長というのは結構ありふれた事例なのかも知れませんね。大してビジョンがないのに市長になりたいだけなんて人は当選させてはいけないというか、そこに住んでいる自分が将来困ると考えれば、自然に除外できると思いますね。逆にビジョンが空想的な人も要注意ですね。


この物語の市長は何を血迷ったかという事を想像すると、多分お上に逆らえなかったのだなというところでしょうか。
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