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ATJ アナザー⑯

席についてからは「シルフ」について松木さんから話を聞いたり、料理についての話になったりした。この店は今の時間は高城さんしかいないが、忙しくなると高城さんの奥さんを呼ぶらしい。比較的広い店なので、二人で切り盛りするのが大変なときもあってそういう時は松木さんも時々手伝いに来ているらしい。それが松木さんのバイトだという事もこの時に知った。すると松木さんは少し恥ずかしそうに、

「この店、ちょうど私が生まれた頃にできたんです。「シルフ」っていう名前も実はおじさんが赤ん坊の私を見たときに、『妖精みたいだって』思ったから記念につけた名前なんだそうです」


と言うと丁度水を運んできた高城さんが、


「本当に可愛かったよ。今でも可愛いけどね」


随分嬉しそうに言う。仲が良いと思ったが、これは溺愛なのかも知れないと思ったりもした。私はほんの好奇心で、


「松木さんで昔どんな子だったんですか?」


と高城さんに訊いてみた。ちょっと前に松木さんにも訊かれたことだったから私も気になったのである。高城さんは不敵な笑みを浮かべて、


「ふふふ…ちっちゃい頃は随分大人しい性格だったんだよ。引っ込み思案で、一人で読書しているような子だったね」


「へぇ…」


これは意外な情報だった。私が知る松木さんは自分から積極的に行動するタイプに見える。


「おじさん。それじゃ今はうるさいみたいじゃん」


松木さんの非難を気にせず高城さんは続ける。


「可奈ちゃん高校の時かな、好きな人に振られてそこから変わったんだよね」


「ちょ…」


高城さんは事もなげに重要な話をしてしまった。年頃の乙女にとっては結構繊細な話なのではないだろうか。案の定、松木さんは怒っている。といっても、半分笑っているような怒り方である。松木さんは観念したかのように、


「あぁ…恥ずかしいから言わないで欲しかったのに…おじさんのばか!!」


と顔を真っ赤にして言った。まあその年代ならそう言う事は結構ある。私は余り経験が無いが、黒歴史にしたい中学生の頃の事とかは最早思い出しもしない。否、むしろそういう過去は無かったのだと信じたいくらいである。とまあそう言う事を考えていたのだが、松木さんをフォローした方がいいと思ってここは身を切る。


「私もありましたよ。そういう経験。今思うと生半可な気持ちだったのにすっきりしたくて玉砕したみたいな…」


「え…そうなんですか。って、まあそう言う事は普通ですよね…そっかNさんにも居たんですね」


その話で松木さんを安心させるつもりだったのだが、松木さんはどこかがっかりしているようにも見える。


「やっぱりそういう話は似合わないかな…?」


「えっと、いいえ、そういう事ではないんです。何というか、私自身の問題なんです」


「?」


するとそのやり取りを聞いていた高城さんが大声で笑い出した。


「はっはっはー!!可奈ちゃん分かり易いなぁ!!Nさんも面白い人だね。いや~めでたい」


松木さんがらみで話がよく分からない時があるが、この時も話についてゆけなくなった。松木さんは


「ん」


と言ってジーっと高城さんを睨んでいる。今度は少し怖い。


「大丈夫だって。これは黙っておくよ。ね、Nさん」


「はい?えっと…はい」


よく分からないまま頷いたのを見届けて、高城さんは厨房に向かった。


「待ってて、すぐ料理持ってくるから」


背中越しに聞こえる太い声に、料理人としての自信が窺える気がした。料理については殆ど素人の私は、ほのかに期待感が膨らむ。その一方で、松木さんの機嫌を取らなければいけなそうだと思って私から積極的に話を振ってみる。


「あのさ、松木さん」


「え、何ですか?」


機嫌を悪くしていると思ったが、私が声を掛けると表情や声はかなり明るく感じられる。むしろ私の方をじっと見ているので、これはちょっと良いネタにしないとがっかりされそうで少し緊張してきた。


「えっと、その、料理おいしそうだよね。あ、まだ来てないけど高城さんの料理は美味しい気がする」


松木さんの顔がパッと輝く。


「はい!!そうなんです。おじさん料理の腕は確かですから期待してていいですよ!!」


さっきはちょっと意地悪をされたけど、実際は二人の仲はかなり良くて私の言った事がとても嬉しかったのだろうし、彼女にとってこの店は自慢だったのかも知れない。事前に準備をしていたのか、あっという間に料理が運ばれてきた。料理に詳しくない私はそれを「ステーキ」とあと「美味しそうな何か」だと認識した。


「どうぞ召し上がれ」


松木さんと高城さんに見つめられる。「いただきます」と言ってじっくり味わう。最初の一口で私に電撃が走ったような気がした。


「これは…」


「どうしたんですか?」


「間違いなく私の人生の中で一番上手い料理だ」


最近特に一人暮らしで情けない食事が続いていたので、久々に本格的な料理の味は格別だったかも知れない。何気なく出てきた素の一言がかなり大袈裟な表現に聞こえたのか、


「え…そんなに…?」


と松木さんには怪しがられてしまった。高城さんは色々察してくれたのか、


「そうかいそうかい。そりゃあ良かった!!」


と大いに喜んでくれた。一方松木さんは冷静に、


「美味しいけど、今日のはちょっと味濃いかも…」


という批評をしている。きっと味にはうるさいタイプなのだろう。高城さんは困り顔で言う。


「やっぱり可奈ちゃんには敵わないよ」


その後、料理を食べながら私達は相も変わらずお互いの情報を小出しにするような会話を続けた。会話をしていて思ったのは、まだお互いの事を知らないなという事である。共通している事はそんなに多い方ではないが、ただ一つ相手に対して興味を持っているというのは共通のようである。殆ど自分と共通している友人と会話するのとはまた違った良さがあるという事に私は気付き始めていた。


「ごちそうさま」


「はい。ごちそうさま」


ゆっくり食事をしていたので料理を完食した頃にはお客さんも増えてきていて、高城さんも忙しそうだったので松木さんが急きょバイトに入る事になった。


「ごめんねNさん。帰りは大丈夫だよね?」


「ああ、大丈夫だよ。車だし」


「今日はありがとう」


「こちらこそ」


松木さんは「あの…あの…」と言って何かを躊躇って、その後思い切ったように言った。


「また二人でここに来ませんか?」


「うん。喜んで」


別れ際の向日葵が咲き誇るようなとても綺麗な笑顔が今も印象に残っている。
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