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ATJ アナザー⑳

お弁当を食べて、「とても美味しかったよ」と言うと松木さんはすごく喜んでくれた。それから少し胃を休めたところで活動を再開した。お弁当の事もあって俄然やる気が出てきている。お客さんが徐々に増え始めたところで、歌のパフォーマンスをすると非常に喜ばれた。歌声の女の子らしさもあって、『ケロ子』の印象も可愛らしくなるのか、特に女の子は前回よりも「かわいい」を連呼している。


一時間くらいが経過した頃、道の向こうから見知った人が歩いてくるのが見えた。子供が多いのでやや背が高く見える男性。私の友人である。約束通り様子を見に来てくれたようである。ゆっくり近づいてきた友人は、少し離れたところで子供に囲まれている私達の姿を見ている。若干躊躇いがちに松木さんに一礼して、


「どうも。Nの友人です」


と言った。友人なりの配慮で『ケロ子』に扮している私には声を掛けないようである。松木さんはすぐさま察して、


「あ、どうも。松木です」


と丁寧なあいさつをする。初対面なので松木さんは少し緊張しているようである。「ちょっと待っててね」と子供達にことわった後、彼女は友人の方に歩いてゆく。私にもぎりぎり聞こえるような声で友人は喋る。


「なんか結構凄いみたいですね。かなり頑張っているようだし」


「そうなんです。あ、あの子『ケロ子』って言うんですけど、知ってます?」


「知ってますよ。大体の事はNから聞いてます」


「『ケロ子』どうです?可愛いですか?」


愛嬌のある笑顔で友人に訊ねる松木さん。友人は私の方を少し見やって答える。


「ええ。可愛いんじゃないでしょうか」


友人の事をよく知る私は、多分友人の本音は「そんなに可愛くないよな」であると思う。それが証拠に少し苦笑いをしていて、「可愛い」とは言い切らないで推定で答えている。はっきりと言う方だから、彼なりに私達の関係の事を考えて配慮したのだろう。基本的には常識人で、平穏を好む人間である。


「そう言っていただけると嬉しいです」


「ちょっと訊いていいですか?」


「はい。何でしょう?」


「あ、ちょっと良いですか…」


すると友人は松木さんの耳元で何かを囁いた。私は少し嫌な予感がしたが、子供達に囲まれて身動きが取れない。まあ多分そんなに大したことじゃないと思うから友人を信用して、今は子供達に集中する。


「え…それは、どういう意味でしょうか?」


変な事を訊かれたのか、私のところまで届く声。


「いや、普通の意味ですけど」


「今はちょっと、その…仕事中ですので…」


「そうですか。解りました」


松木さんは内心複雑そうな表情で戻ってくる。戸惑っているし、少し恥ずかしそうにしている。私の嫌な予感は友人が少し前に私に言った事と、彼が自ら様子を見に来たいと言った事から由来するが、どうなのだろう。


<ややこしくならなければいいな>


と私は思った。そのまましばらく様子を見ていた友人は、10分くらいすると私に見えるように手を振ってそのまま元来た道を戻っていった。松木さんの肩を叩いて、友人が帰った事をジェスチャーで知らせる。


「あ、お帰りになられたんですね」


天候は相変わらず曇りだったが、活動はかなり上手く行った。前回よりもお客さんが多く来ていたような気がする。夕方になり、その日の活動は終わった。彩月さんの勧めで、お茶をご馳走になることにした。


「今日もありがとうね。皆よろこんでた。実は貴方たちが来てから「今日は居ないの?」「いつ来るの?」って子供達かから訊ねられてて、皆待ってたんじゃないかって思うのよ」


「そうでしたか。前に来てくれた子も覚えてくれてたみたいで嬉しかったです」


「やりがいがあるね。松木さんも人気だったし」


「そうね。子供達「お姉ちゃん」って駆け寄ってたものね」


「いえ…そんな。私は『ケロ子』のプロデューサーですから…」


「子供達にとってみればどっちもアイドルみたいなものなのよ、きっと」


実際、松木さんは子供達からかなり慕われていた。女の子に対してはその子の悩み事を聞いていたり、励ましてあげたりして、「優しいお姉さん」像がすっかり出来あがっているのではないかと思う。


「そんなことないですよ…」


「あら、だってあなた可愛いわよ?ね、Nさん」


「あ、はい。そう思います」


「Nさんまで…」


褒められることに慣れていないのかすぐに顔を赤くするところは何となく松木さんらしいなと思った。一方で私は以前から彩月さんがこうして微妙に私と松木さんに対して配慮してくれているという事に気が付き始めていた。友人もそうだが、よく不確定な情報から色々想像出来るものである。


「あ、そういえばNさんのお友達に…」


「あの時、何を訊かれたの?」


「…Nさんについてどう思うかって、訊かれました」


「ああ、そう…」


「これって、あのもしかして私達の関係についての…」


「うん…多分そう。前あった時、彼が何か変な事言ってきて、多分確かめようと思ったんじゃないかな」


気が付くと彩月さんも神妙な面持ちで話に聞き入っている。わりと率直な友人が松木さんにダイレクトな質問をぶつけていたことについてはあまり驚かなかったが、松木さんがそれに対して微妙に答えにくそうにしているという事が、それ自体何かを如実に語っているような気がする。


「その、ごめんね…」


「いえ、いいんですけど…でも私だけがこんな感じになるのは何か不満です」


「あら、じゃあ簡単よ」


彩月さんは目を輝かせて今にも何かを言い放ちそうである。案の定、すぐ


「私からNさんに訊くわ。Nさん、松木さんの事どう思ってるの?」


これにはさすがの私も参ってしまった。松木さんに配慮するのでもないし、かと言って素直な気持ちを伝えないのも違うし…さんざん悩んだ挙句、私は


「その…松木さんと一緒にいると、勇気が出るというか何でもできそうだなって思えるんです。だから…一緒にいたいなって思っているのは確かで、現にこうして二人で何かが出来るというのは嬉しいですし、出来ればもっと松木さんの事が知りたいなと思っています」


という『ありのまま』を伝える事にした。これで回答になっているのかどうかは分からない。肝心の恋愛対象としてどう思っているのか、そういう意味の『好き』なのかについて答えていないのだが、これは考え方によっては『好き』という言葉の意味をそのまま伝えているとも言える。ただ、肝心なところを述べていないので松木さんはまだ不満顔である。


「なんですか、それ。なんかすごくもやもやするんですけど…」


「まだ松木さんの気持ちが分らないから…それにこの活動は続けていきたいし…」


「まあ、確かにそうよね。私としても活動は続けてもらいたいわ」


彩月さんからのフォローが入る。そう、何よりもまず私達は演者とプロデューサーという始まりの関係があるのだ。それに縛られ過ぎるのも正しくはないだろうけど、大切にしたい関係性なのだ。だが松木さんの言葉でそれがぐらつく。


「私、本当は恋愛について積極的になれなかったんです。やっと芽生えた気持ちが、一言で駄目になってしまうのは怖いです。この関係を続けていけば、少なくともお互い傷つくことがない。それはそうなんですけど…でも…」


その続きが述べられる前に私の口からは言葉が出ていた。自分でも本当に自分が言っているのかよく分からなくなっていた。


「私は、自信がない。でも、君がもし私を必要としてくれるなら、絶対に応えるよ」


そう言うと松木さんは目を潤ませて、


「私…Nさんの事が、必要です」


「うん」


感動的なシーンだったのだが、今度は彩月さんは納得のいかない表情をしている。


「貴方たち、結局『好き』って言ってないじゃない!!」



それはそうだったのだが、でも何となくその方が私達らしいような気がした。


「彩月さんの居ないところで言う事にします。それは恥ずかしいので…」


「私も…」
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