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ATJ アナザー ①

砂を掴んだときのように、意味がなく、でも他に掴むものがないとしたら、それを掴み続けるしかないように、意味はないけど続けるしかない。ただ、掴んだという感覚を確かめるだけに、あるということを忘れない為に。 
 
下らないおしゃべりをしよう。喋れるということを確かめるための。 
全部忘れてしまおう。やり直せるということを確かめる為に。 
続きのない夢を見よう。夢を終わらせるために。 
 
 
1 
 
 
よくわからない。五月の始め、私は若干問い詰めたい気分だった。誰にというわけではない。この生活を続けようとしても、もう続きようがないというのは分かり切っていて、精神的に参ってしまっていて、誰かにこの先どうしたらいいのかという事をどうしても訊きたくなったのだ。 
 
「それで、誰に電話したの?」 
 
「父さ。こんな時どうしたらいい?って悩みを相談するのは躊躇われたんだけど、相談できる人なんてそんなに居ないし。」 
 
「で、何て?」 
 
「そんなの自分で考えろだって。お前の人生だろ!とこう言うわけだね。確かにそりゃあそうだ。気の迷いだったのかも知れない。」 
 
「と言いつつ、解決して無いように見えるよ。」 
 
基本的にそんなに悩むことじゃない。弟も、話は聞いているようだけれど、本気にはしていない。雑にコップを取ってそのまま水を飲み干す。解決しようがない。この毎日に飽き飽きしていて、どうしようかなどという悩みは多かれ少なかれ誰もが抱えていて、皆それぞれ退屈な時間を何とか潰そうと、あれこれのやってみたり、動き回ったりしている。だけど、どう洗っても落ちない生真面目さは、どんなことをしても全部同じようなものにしか見せなくしてしまう。読書はいつの間にか興味を失わない為の義務になって、スポーツは肉体を維持するのが目的と化すただきついだけのトレーニングになってしまう。人付き合いは、円滑にコミュニケーションを図るための訓練になってしまうし、音楽はただ理論的にそれを理解するだけの素材になってしまう。どうしても理知的でありたいのだろう。そうありたいと思っていなくても、心の底ではそれを味わうとか、喜びを感じるのではなく何もかもを理解したいと考えてしまう。それが分からないことに対する不安の裏返しだという事も一般論で知っている。 
 
「兄貴は、ふざける事が出来ないんだよな。昔からそうだったから、いつかそうなると思ってたよ。頭で考えるんじゃなくて、そのまま受け入れればいいんだよ」 
 
「だから」 
 
「おっと。「それはどうやるんだ?」って質問するのはなし。」 
 
私はそのモヤモヤした感じが嫌いである。弟は何かにつけて突飛な行動を取るよく分からない人間だから、理屈では捉え切れないのである。自分で何をやっているのかわけが分からなくなっている弟を「お前のやっている事はつまりこう言うことだ」と説明してみせている時、私はいつも安堵を覚えた。だが、お互い一人立ちして距離をおいていると、私は私自身のつまらなさに辟易して、時々弟の馬鹿げた行動を無性に懐かしく感じる時がある。けれど今の弟は別に私がいようがいまいが何となく上手くこの世界に馴染んでしまっているようで、それは弟の良く分からない友人やら、恋人のような人やらが、彼の周りを自然な形で抑えているからでもある。それに比べると、私の方は学生時代から難しい書物と睨めっこして自分を理知的に知ろうとしていたから、自然と人と感情的なやり取りが少ない堅苦しい人間になってしまった。反省はするにはするけど、しかし傍から見ると良く出来た青年らしいから何を反省する事があるのかという事も言えてしまうのである。私はいわゆる歳相応ではないのかも知れない。そして弟も別な意味で歳相応ではない。私は今が良ければそれでいいという思考はしない。むしろ後で役に立つであろうという事を先駆けてやっているのだ。 
 
「ほら、またそこで考える。」 
 
「いやだって、しょうがないだろ。お前が変な事を言うからだ。そのまま受け入れようとするのは居心地が悪いんだよ。」 
 
「のわりに、何かするとなるとこっちに求めてくるじゃん。つまり考えてからでは行動が行われないままになっちゃうんだよ。だからさっさと思ったままを言えばいいんだ」 
 
「それで成功するのはお前くらいなもんだよ。普通は…」 
「だから何で普通をそこでもってくるわけさ?普通なんて幻だよ」 
 
「でも、少しは考えて行動するのがベターだろ。常識的に」 
 
「いっつもそれ。ベターだけどベストではないんだよ。もうちょっと頭を捻ったら?」 
 
「そっちこそ、いつもそんなデタラメを言って」 
 
私と弟の会話はこんな感じである。弟は良くも悪くも変な発想で動いている。薀蓄は好きではないし、含蓄のある言葉は彼には響かない。むしろ彼の生き方にとって必要な言葉をより集めることが彼には重要らしい。 
 
 
私はウェイトレスを呼んで、コーラを注文した。冷房が利いていて涼しいけれど、喉が渇く。外はこの季節とは思えないほどの熱気が漂っている。だからどうか分からないが飲食店はどこもかしこも混雑していて、この店も例外ではなく温度というよりは人の多さによる心理的暑苦しさが、飲み物を求めさせるのだろう。弟は、抜け目なくコーヒーのお替りを頼んでいる。 
 
 
 
2 
 
5月の中旬。打って変わって外は大分冷え込んでいた。何でも季節外れの低気圧が列島を席巻しているそうで、この地方も見事に直撃している。私は雨の中、少し離れたスーパーに食糧の買い出しに出かけていた。車で移動中、歩行者の格好を観察していたが多くは少しばかり厚着である。こういう時期が一番服装に悩む。私は食材を揃えるついでにその近くの衣料店で服を見てゆこうと考えた。 
 
スーパーに到着した時、時刻は10時を少し回ったところだった。車を降りて曇り空の下を歩いていると何だかそれだけで疲れそうだなと思った。もっともそんなのは気のせいで、入店すると私は買い物をそこそこ楽しんでいた。多くの品物は、ライトアップされた店内では輝きを放っているように見える。それは購買意欲をそそらせるための仕掛けだという事は分かっているが、商品を見ていると、よくもまあこれだけの生産物を毎日供給できるものだし、消費できるものだなと感心するのである。 
会計を済ませ、次の目的地に急ぐ。時間が11時頃だったから、お昼前には家に戻りたいのである。服の事を考えていた時、そう言えば弟と食事をしたあの日、「兄貴は服装からして堅い」と言われていたのを思い出した。私は運転しながらある事を計画して、ちょっとにやけていた。そうだ、こういう事を計画するのも、にやけるのも私らしくないのだ。今思い起こせば、この瞬間から微妙に予想のつかない物語に巻き込まれていったのかも知れない。 
 
衣料店で、私は私が着ないであろういわゆる「ちゃらちゃら」した格好になりそうなものを敢えて選んでカゴに放り込んでいた。そうだ、私だって別に服装にそんなに拘りはないのである。だから、この程度の装いならやってみせる事が出来る。その時はそう考えていた。ただ、何というかそれだけでは物足りない感じがして、私は私のセンスではないが何処となく緩い感じがする上着と下着を幾らか足して、レジに持って行った。 
 
 
店を出ると外は先ほどよりももっと悪天になっていて、いまにも降り出しそうな感じがあったので、私は気持ち早足で駐車場に向かった。家に帰るまでは雨は降ってこなかったけれど、いずれ大雨になるだろう。 
 
 
適当に作った昼食で腹を満たし、私は先ほど購入した服を着合せてみることにした。似合わな過ぎて『うがぁあああ!』と漏れてしまった悲鳴は、その時降り出した音によって掻き消された。 
 
 
3 
 
 
5月終盤。相変わらず天候に恵まれない。もう梅雨に入ったのではないかと思われてしまうほど部屋の中はじめじめしているし、洗濯物も生乾きである。今日は友人と会う約束をしているのに、よりによってこの気温に丁度いい服は、あのちゃらちゃらした服か、緩い感じがする服しかない。私はさんざん悩んだ末、ちゃらちゃらした服…ではなくて緩い方の選んだ。計画としては、その服を着て外をこれ見よがしに練り歩いてやろうと考えていたのだが、いざ外に出る段になって、これだけは譲れないラインが出てきてしまったのである。 
 
「これでも、もう似合わないっていうか…」 
私は出掛ける直前まで外に出るのを躊躇していた。それはそうだろう。何故なら見た目を自分に合わせているつもりが、自分がその見た目に引きずられてしまう事はよくあって、この場合、私は性格とは真逆の服を着こなす必要に迫られているからだ。着こなすという事は、その雰囲気に合っているという事に他ならないから… 
 
だが一度意を決して外に出てしまってからはあまり気にしなくなってしまっていた。こういう時、何度も父親から聞いた「大丈夫、誰もお前の事なんて見ていないから」という説得力のある台詞を思い出すようにしている。父親は奇天烈なところがあるけれど、そういう事に関しては酷く常識的である。弟は父親の奇天烈なところを、私は常識的なところを見倣ったといえる。ちなみに母は特に興味が無いのか、父の言うことを「はいはい」と受け流していたのをよく思い出す。 
 
 
 
「やあ。」 
 
「やあ。」 
 
この普通の感じが良い。私は私と殆ど同じような性格をしていて、よく分からない学問に傾注しているというところ以外は、私の同類と言える人と久々に再会した。しばらく話していても相手は私の服について何も言ってこなかったから内心ほっとしていた。案外、似合わなくはないのかも知れない。と思った時だった。殆ど不意打ちで、 
 
「ところで君の服装、それなんか狙ったの?」 
 
と図星な事を言われたので、私は大いに焦った。 
 
「いや、その…。まあ、なんだ」 
 
「狙い目としては、悪くはないけれど、らしさが失われているようにも見えるね」 
 
「うぐ…」 
 
 
この若干失礼な、あるいは毒舌というべきなのか、その相手は性格としては私とかなり似ているのだが、ストレートにものを言うのが私と違うところである。私ははっきり言ってくれた方が分かり易いからそういう人といつの間にか仲良くなってしまうようである。そしてこの物語は彼が大いに関係してくるのだ。
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