ガララの明日
『TARO』の代理人に会った次の日、僕は個人的に工藤邸を訪れていた。智恵子さんにあの夜「おにそと」であったことを伝え、『TARO』に依頼することに同意してもらう為である。
「その人は間違いなく『TARO』の代理人だと思います」
一通り話してみたところ、智恵子さんの口から意外な言葉が出てきた。いかにも胡散臭い話なので、疑われると思ったのである。「その根拠は?」と問うと、
「わたくしの家が『アルティメット』と『7』とに個人的な繋がりがあるのは先刻申し上げましたが、その二名がこの星にやってきて間もなく、まだどういう存在かもはっきりと知られていないころに同じようにあるビジネスを持ち掛けられたことがあります。異星人が地球で活動するにあたって、なるべく大きいところに繋がりを持つことが必要となりますが、我が工藤家も足掛かりとして選ばれたようです。特に『アルティメット』の時は貴方がたとのやり取りと同じような事が実際にあったのです」
「そういう事だったんですか…」
僕は感心してしまった。工藤家のことについてはもちろんだけれど、いつの間にか地球規模の知名度を獲得している超人的ヒーローも最初は人脈作りを行っていたという事に。とりあえず前日の事を伝えたので、僕は訊くべきことを訊く。
「『TARO』に任せてみようと思うのですが、智恵子さんはどうお考えですか?」
「ええ、わたくしとしてもそれが最良の選択だと思います。ただ、」
智恵子さんは少し疑問に感じていることがあるのか視線を下に落として、
「なぜわたくしのところに接触してこなかったのか少しだけ気になるところではあります」
「確かに」
僕は『TARO』の代理人の態度に違和感を感じていた。依頼を受ける側とはいえ妙に馴れ馴れしい態度で、僕等がお願いするというよりも、お願いしない方が可笑しいとでも言わんばかりの様子だった。
「その人について、何か気になったことはありませんか?細かいことでも良いので…」
訊ねられて、僕はふとあることを思い出した。
「そういえば、『ガララやガララのような怪獣についてどう思うか?』を最初に訊かれました」
「…太郎さんは何と答えたんですか?」
「確か、『一概には答えられないけれど、ガララは悪い怪獣ではないと思っている』と答えたと思います。そしたら笑い始めて、「手伝っても良い」と…」
「そうですか…」
少しだけ場に沈黙が訪れた。分からないことはあるが、とりあえず「ガララ輸送計画」についてはこれでほとんど問題はクリアしたので、智恵子さんに市の対応について話を聞いてみる。
「ええ、市の方からは計画について肯定的な反応が出ています。この場での話を伝えればわりとすんなり通るのではないでしょうか?」
「それを聞いて安心しました」
「具体的な日取りが決まりましたら加藤を通して連絡させていただきます」
話の流れ的にこの辺りまでが僕のできることで、後は智恵子さんにお任せするのが良いと判断した。
「では、よろしくお願いします」
「はい。本日はお越しいただきありがとうございました」
邸宅から帰宅する際、僕は少し思うところがあってガララのいる公園に立ち寄ることにした。公園に行く途中の道は場所によっては工事中だったりしたが、ガララがきたばかりの時よりは大分片付いているように感じられる。
公園に到着して車を降りる。公園の真ん中ではガララが仰向けに寝っ転がっていた。一応写真を撮る。青空が広がり、遠くには少し小高い山が見えるこの光景にガララがいる。当たり前のように見ているこの光景も、いつかはそうでなくなると思うと、どこかしら寂しいものがあるのはどうしてだろう。
「ガララ!」
僕はガララに向かって声を掛けた。ガララはそれに反応するでも、無視するでもなくただじっと空を見つめていて、それはどこか哲学的とでもいえる様子に見えた。僕もガララも同じ空間に存在している。彼にとって、ここはどんな場所で、僕にとってここはどんな場所なのだろう…ぼんやりとそんなことを考えた。
そのとき小学生くらいの男の子と女の子が自転車で公園にやってきた。自転車を降りて勢いよく走ってくる。
「でっけぇ~な!!」
男の子は大きな声で叫んだ。その視線の先にはガララがいる。自分の10倍はあるガララを見たのが初めてだったのだろうか?
「ねえ、本当にガララいなくなっちゃうの?」
女の子は男の子に向かって不安そうに言った。どこからか話が伝わって、女の子の認識では「ガララがいなくなる」という事になっているのかも知れない。
「だからその前に見に来たんだろ!すっげぇよな、怪獣は男のロマンだぜ!!」
「なにそれ。わからない。でも、かわいい」
僕等以外の人にとっても、子供にしても大人にしてもガララはやはり何らかの存在なのである。ガララという同じ存在を見て、皆何かを思う。僕にとってガララは最初迷惑な何かでしかなかった。今は…
「お前は不思議な奴だよ」
気が付くと僕はガララに向かってそう呟いていた。そしてしばらくそのままガララを見つめていた。