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そらまちたび ③

特別な事は何もない。続いている事は別に特別な事ではない。この町にもそれはあっただろうし、これからもあるだろう。

ただ、時々思うのだ。特別ではないと感じさせる事自体が特別な事の証なのではないだろうかと。


[喫茶店の隅っこ]


車は急な斜面をどんどん登ってゆく。対向車が来たとしたら、きっと面倒だろうと思わせるような細い道はまるで山の中に入り込んでしまったようで、その先に何が待っているのか全く想像出来なくなってしまう。ほとんど車の走っていない坂。それがこの辺では当たり前なのだろうか?視界が開けてくると、大分高いところにやって来たという事が分った。ちょっとした峠のようになっているところは男性の説明だと、城の中から歩いても来れるらしいけれど、相当健脚でないと疲れそうだ。



坂の頂上辺りに建物が一軒あって、車はそこの駐車場と思われるところに入った。

「ここ珈琲の喫茶店なんだよ」

と男性。雨がちらついているので車を降りて急いで店内に入る。中は穏やかな雰囲気だった。壁にはいくつか素朴で色遣いの鮮やかな絵が掛けてあり、天井がやや高いので心理的にもゆとりが生まれている。店はフロントに腰掛けている団塊世代くらいの夫婦で営まれているようだった。


「いらっしゃいませ」


やはり穏やかでいかにも優しそうな女性の声。あまり人がたくさん入るという店ではないようなので、雰囲気がのんびりしている。豆を焙煎する特別な部屋がガラス張りになっているのを確認して、かなり本格的なコーヒーを淹れるところなのだろうと推察した。


「ここで良いよね」


男性が案内してくれた隅っこの席に座って銘柄もよく分からないままコーヒーを注文する。『ブルーマウンテン』のように高級なのもあったが、気分的に飲んだことのない『マンデリン』を頼んでみた。


「なかなかいい雰囲気ですね」


男性に語りかけると、


「そうだね。私は時々来るんだけど、あんまり知られてないかも知れない。この町に来て10年くらい経つけど、食事したり寛げる場所は少ないと感じるよ」


車内でもこの町の事について話を聞いていたけれど、比較的若い人にとってはこの町は何かと不便に感じる事があると言っていたので、それに関係した発言だ。


「でも都会には無いというか、ここだとゆったりした気分になれますね」


「この辺だとまあ全く無いというわけでもないけど、少し外れると本当に何にもないよ。でもまあ、そういうのでも見方によっては清々しい気分になれるかも知れないけどね」


そうこうしているうちに手際よく作られた珈琲が大きな盆に乗せられて運ばれてくる。

「ごゆっくりどうぞ」


珈琲はそれほど詳しくないけれど、味は分っているつもりである。口に運んだ瞬間の苦みと酸味、香りが普段飲んでいるようなものとは違う独特の風味を与えている。美味しい。


「あぁ、美味しいですね」


「それは良かった。実は最近珈琲に目覚めて、ここで豆を買っていたりするんだよね」


「自分で挽くんですか?」


「そうだよ。市販のものとは全然違うからお勧めなんだけど、時間がないとなかなかやろうとは思えないかもね」


「へぇ~」


「ところで」


男性は改まって訊いてくる。


「雨がどうなるかは分からないけど、とりあえずここに居ることにして、このあとどうするの?」


「その…具体的には決めてないんですけど、とりあえず名所らしいところは周ってみようかと…」


「そうか…」


何やら思案顔の男性。何かを思いついたかのように僕の方を見て言う。


「もしそちらが良ければ、今日は私が案内してもいいけど、どう?」


「え…」


それは願ってもない話だった。ただ、そこまで好意に甘えてしまっていいのだろうかと思うところもあって悩んだ。それを察したのか男性は続けた、


「実はこれには私の方にも目的があって、この町の今後の事を考えて外から来た人の意見を素直に聞いてみるのも良いのかなと思ったんだよ」


「もしかして仕事に関係する事ですか?」


「まあ、そんなところだね。実はちょっとしたライターのような事をやっているんだけど、最近はどうも面白いネタが少なくなってしまってね。ついこの間までは、怪獣で盛り上がったんだけど」


「あ、それ聞きました。確か『ガララ』の事ですよね」



「どこで聞いたの?」



「ここに来て最初に出会ったおじいさんに」


そう言うと男性は神妙そうな顔をした。


「って事は、それまでは知らなかったって事?」


「ええ、どうも僕の住んでいるところではあまり伝わってきてないみたいで…」


今度は少し残念そうな表情になった。


「そうか…なるべく多くの人に知られるように仕事をしたつもりだったんだが、やっぱりローカルを脱し切れてないのか…」


「あ、なんかすみません…」


「いや…実際が分って良かったよ。あ、これはこの町にも言える事なんだけど、この町自体が情報発信が下手で商売も下手なところがあって、歴史的にも外れくじを引いてきたような印象があるんだよ。城跡にあった銅像の子達もそうだけど…」



「あの銅像って、何なんですか?」


僕が率直に分らないという事に対して、男性はちょっと苦笑いをして


「簡単にいうと年端もいかない子供がこの町の為に戦ったんだよ」


「ああ、場所は違うけどそういう有名な話がありますよね」


「実際は、こちらの方がもっとひどかったのかも知れない…そしてあまり語り継がれていないという事も」



男性の表情は先ほどまでとは違い憂いを帯びていて、口調もどこか諦めのようなものが感じられた。



「ただ、それを言ったところでしょうがないという事もあるんだけどね。今は今やるべきことをするべきっていつも思ってるから」


「そうですか」


今の口調は、打って変わってかなり力強いものだった。


「で、さっきの話だけどどうする?」


これは男性に案内を頼むかどうかである。


「では、よろしくお願いします」



こうして、僕の旅はちょっとずつ思わぬ方向に進んでゆくことになった。
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