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素敵なダイアログ

手品のようには状況は変わらない。どう考えてみたってそれ以上何も詰める事も引き延ばす事も出来ず、いつも箱の中はぎゅうぎゅう。相変わらず私のような不器用な人間には厳しいと言うしかないような条件が続いている。


この状況は変わるのか?ずっとこのままなのか?


ずっとこのままというわけではないという事も知っている。けれど事態がよく知っているように続くとしたらその厳しい条件も同じように反復されるだろう。どう頑張ってみても地球上ではニュートンのリンゴを落ちないようには出来ないし、宙に浮かす事も出来ない。ただの一秒も待ってはくれないのだ。



そう言っている間にもリンゴは落下する。それをキャッチできるという保証もなく、かと言って落ちないまま待ちぼうけをするでもなく、「必ず落ちるだろう」という事が分かり切っていて、そういう事に向けて心の準備だけは一人前に出来ているのが不器用な私なのかも知れない。




「まあ、私が出来る事はどうせ変わんないんだけどね…」





頭の中で考えていた事を整理して呟いた。しばらくの間規則的に目をしばたいていた事に気付く。パソコンの画面を眺めつづけていて、もう目は疲れ切っているのに、それでも見なければいけない情報が次々と表示され続けているからだ。その時は相変わらず何もしてないようで情報収集だけはしているような時間が続くだろうと思っていた。





『何だってそんなパンケーキのような顔をしているの?』







「何だこりゃ?」



一人なのについ声を出してしまったが、私はパソコンに突如として表示された見慣れぬダイアログに驚いた。メッセンジャーでも起動していただろうかと思ってタスクを調べてみたが、考えてみるとそんなものをこのパソコンで使用したことはないので、もしかするとトロイの木馬とかウイルスとかそういうもの…つまりは『他者による乗っ取り』の可能性があるかも知れないと焦りはじめた。



反射的に『再起動』を選択する。だがおかしなことにいくら待っても再起動が実行されない。



「ヤバい…」


パソコン中級者レベルから進歩が止まっている私は「酷い程度に乗っ取られている」という風に事態を認識してしまう。あとで考えれば強制シャットダウンすら出来ないというのは設計上あり得ない事なのだが摩訶不思議な現象よりは「私よりも詳しい誰か何か分らない事をされた」という可能性を自然に考えられる程度には私は現実主義だったのだ。


「電源抜くしかないのかな…」


物理的に起動させなくさせる事を選ぶという事は「壊れたテレビを叩いて直す」のとそれほど次元が変わらない行為だが、この場合はそれが一番確実な方法だという認識は強ち間違いでもない。状況は危急なのだ。


「ひゃぁ~!!」


情けない悲鳴めいた叫びと供に椅子を飛び上がってケーブルを抜いて、データが壊れていない事を咄嗟に祈る。やってはいけない事をやってしまったかのような不安が襲ってきたが、その不安はすぐさま違うものに変わった。


「え…なにこれ…」



そこには『電源を抜いたはずなのに、未だ変わらず表示され続けているディスプレイ』があった。そして先ほどのダイアログには、


『あ、『パンケーキみたいな顔』っていうのはね、のっぺりとした顔って意味だよ』



と追加の文章が加わっていた。この辺になると私は混乱すると同時に、「夢でも見ているんじゃないか」という気持ちになってしまっていた。漫画よろしく頬をつねると痛…くはないけど痛覚はある。間違いなく今まさに現実で異様な事が起こっている。しかも、



『物理的にありえない』



というレベルの異様な事である。ダイアログには私の思考を読んだかのような『物理的にありえない』というダイアログが表示されている。異様な事はそれなりに経験したけれど、『物理的にありえない』上に更に奇妙奇天烈な状況になったのは初めてで、私は若干泣きそうになっていた。



「悪かったよ…ごめんよ…お願いだから…」



何を謝っているかというとさして悪くもない「日頃の行い」をそれこそよく分からないモノに対して謝っているのだけれど、私は一方で冷静に「現実主義者ってあり得ない事が起ると弱いんだな…」という風に自分を分析していた。実際問題として、現実をよく知っているつもりだから、そうじゃない事に対して心の準備が出来ていないのである。さっきまでは起るだろうという事に対して既に心の準備が出来ていると考えていたくせに、こういう風なことが起るともうどうしたらいいのか分からないし、何だが今まで作り上げてきた自分が全部崩壊したような気さえしてしまうのだ。



『いや、君は悪くないんだけどね…ほんと気紛れにこんな事しちゃって悪いと思ってるよ』


ダイアログはまるで会話しているかのように続く。気持ち悪く、気味が悪くてしょうがないが、情報を得るにはこのダイアログの後ろ側に隠されている情報源が何なのかを把握して説明してもらわなければいけない。中途半端が一番辛い。私は思い切って「対話」に挑戦してみる事にした。



「何…あんたは喋れるの?それで」


先ずは必死に考えた事が正しいのかどうか調べる事が有効だ。テンパっていたが初手としては悪くない。


『喋れるっていうか、まあ何ていうか…』



濁されてしまったが、とにかくこちらの喋った事は何らかのカタチで伝わっているらしいし、これまでのメッセージを振り返る限り、普通に人間と同じような思考をしているような人が喋っているのと変わらないようにも思える。


「っていうか、あんた誰だよ」


ダイアログは瞬時に次のものと代わる。


『アタシには一応『ヨウコ』っていう名前があるんだよ。覚えといて』


このさい性別が何であろうと名前が何であろうと気味悪さには関係ないのだが、日本人に馴染みのある名前というのはそれなりにリラックスさせる効果があるようである…仮にそういうところまで『読んで』敢えてそう名乗っている可能性も否定できないが、ここではとりあえず相手の情報を信用する。


「ヨウコさん…?何でもいいからとにかくこれが何なのか説明してよ!!!」


『まあまあ、そんなに慌てないでよ。これはね説明するとすっごく面倒くさいから『法則無視』っていう技が使えるって思ってよ』



「法則無視?」


『そうそう。物理法則とか、地上でのありとあらゆる情報の流れとか、『定め』とかをアタシは無視できるの』



とても嫌な情報である。もっと言えば『厭』である。だってそれは神と殆ど同じようなものだからである。



「もしかして神さま?」



『プププ…マジで本気でそんな事考えちゃってるの?結構ピュアだね』


いい大人が「子供の頃に純粋に思い描いているような『神さま』」というようなものを何処かで思い描いていたという事は、確かに恥ずかしいかも知れないが、だってこんな条件だったら誰だってそう云いたくなるだろう。何故か情けない男性を辱めるような女性のような声で文章が脳内再生されたのは、「ヨウコ」という名前をきいていたからなのは間違いない。私はみじめに言い訳する。


「だってそうだろ。神さ…『神』のようなもんだろ。全能者みたいなもんだろ」



『それがね、『全能』でもないんよ。特に人の心を動かしたりするのって単に情報を植え付けるだけでも無理だし、何ていうか人間っていうのは法則があるようでないようなものだからね。ちょっとした情報を与えただけでも振る舞いが微妙に変わっちゃうの。しかも予測不能だし』


この文章を読んで、すぐに理解できるほど私には微妙な事など分らないが、雰囲気的には何となくわかるような気もした。それでも不気味な事があった。


「でもさ、私の筋肉を操作して、窒息させる事も出来るでしょ?もっとひどい事も…」



『まあやろうと思えばできるんじゃないの?』



「ひぃ~!!!!!!お助け!!!」



私よりも若々しい女の人に蹂躙されるイメージが突如頭に浮かんで私は叫んでしまった。



『なによそのイメージ…アタシはそんなに若くないし、そんなことしないし、それに…』


ちょっと間があって、



『そんなに美人でもないんだけど…』



「…」


私は何と言ったらいいのか分らなかった。とりあえず疑問に感じていた事を訊く。



「頭の中のイメージまで分かるんだ…恥ずかしい…」



『あんね情報として受け取れるけど、処理するのは普通のOLだからね。変なイメージだと解釈できないわけ万能じゃないのよ』



「…」


ますます何といったらいいのか分からない。強大な力を有しているくせに、自分の頭で普通の処理しか出来ないというアンバランス。何となく強大に思えていた存在が物凄く日常レベルになって心の準備が出来てしまったのかいつの間にか私はパソコンの前に着席していた。気を取り直して、私は訊いた。


「まあ何でも良いけどさ。とにかく説明してよどうして私なんかと相手しているの?」



そこが一番の肝である。相手がどういう能力をもっていたとしても、その能力を使って何かをするのであれば目標と目的があるはずである。目標がとりあえず私だとして、目的は何なのか、それが分れば後は細々した事である。


『悪いと思ったわ…ズルいと思ったわ。本当ならこんな方法でアプローチをするべきじゃないっていうのは分っているつもりなの。でも自分に自信が無くて…』



「え…?」


ダイアログの表示が忙しくなってくる。


『あのね…アタシその…あなたの『顔』が好きなの…』



『あ…『顔』っていっても頑張っている時の顔ね…』



『というか、あなたの『頭の中』も好きなの…』



『そのどうしようもなく現実主義的で不器用で、情けないところが、アタシのような能力を持つ人間には逆に羨ましいの』



『この気持ち分ってもらえる?何ていうか、その気になれば何でも出来るかも知れないけど、そうじゃなくって制限の中で必死に頑張っている一生懸命な言葉がアタシは欲しいの』




私は色々な意味で泣きそうになっていた。なんだがよく出来るお嬢さんに全存在を馬鹿にされているように感じたからである。確かに自分で自分の事をしっかり把握していることは私の長所だし、それがあるから可能な事が見えて活路が見出せて、そういうところを密かに自分で誇っているのに、そういうところまでほとんどお見通しの癖に、あまりにも直接的に言ってしまっているので配慮が無いのだ。


「…ひでぇよ…ヨウコさんひでぇよ…それバカにしてるよ」



私は正真正銘、涙を流していた。



『あ…ご、ごめんね…ごめんなさい』



ただし間違いない事には、「ヨウコ」は私の気持ちの全てが分かるという事ではない…というかどういう反応をするのかが予想できないという事があるようである。それは確かに本当にそれを言われてみない事には分らない気持ちだし、コントロールすら出来ない事なのかも知れない。



『傷つけるつもりはなかったの…そのアタシに出来る事なら何でも言って、出来る限りの事はするから…』



冷静な自分は泣きながらも既に色々考えていた。これは思考なので読まれている可能性もあるが、そういう私の性格すら知り尽くしているのだろう。これは私らしい判断である。



「じゃあ今度の日曜日、直接会いましょう。確認しますけど本当に女の人ですよね?騙してないですよね?」


『騙してないよ…と言っても証拠がないとアレだし…じゃあ、ちょっと待っててね』



するとプリンターが突然自動で動き出した。普段紙をセットしている状態で置いておいていて、電源も入っているが、USBケーブルが抜けているので微妙にこれも物理的にありえない事だが、既に慣れてしまっているので置いておいて、紙に白黒でプリントされたのは地図と写真だった。どうやら近くの店と、女の人がピースして映っている。


『恥ずかしいけど、それアタシ…その店で会いましょう?』


「分りました。あの一つ良いですか?」


『何?』


「結構可愛いと思いますよ、ヨウコさん」



次の瞬間、ディスプレイが真っ暗になった。どうやら電源を落とされたようである。パソコンの電源を再び入れ直したが先ほどのダイアログは何処にも表示されていない。


「本当に、リアルに慣れてない人なんだな…」


『うるさい!!!』


大きく表示されたダイアログに私はもう驚かなくなっていたし、一人爆笑していた。
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