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我々が住んでいる世界に、住んでいる、我々とは呼びたくない我々

パンプキンハウスに招待された。内装は暗めの照明によって何処かしら不気味なのに、ベージュのコンクリート壁の到る所に貼ってある珍妙な文字列のオンパレードは緊張感を欠き脱力させるように作用する為か、全体としてよく分からない印象を与えている。所々煤けている壁と境界を曖昧にしている同系色の紙に太字で書かれた、

『朝寝坊 二十日大根 うまいぼう』

という五七五を何と評したものか。その直ぐ隣にある、

『闇鍋の 煮えたぎる湯に サロンパス』

は情景を想像するだけで吐き気を催しそうなのだが、今宵招待してくれた家主は、何を思っているのかご機嫌な様子で戸惑う私を見つめている。その視線に耐え切れなくなって、


「ご主人…つかぬ事をお伺いしますが、これは川柳ですか?」


と訊いたところ意外な答えが返ってくる。


「いえいえ、良く間違われる方がいらっしゃいますが、これはれっきとした俳句ですよ」


しばし無言の間。


「お言葉ですが、季語はどれですか?」


「闇鍋ですね。闇鍋といえば夏でしょう。暑苦しい四畳半の部屋に集いし歴戦の勇者が鍋を囲んで汗を垂れ流している情景が目に浮かぶような句ですね」


どういう状況なんだと思ったが口にはしないでおいた。冬の事だとばかり思っていたので微妙に違っているが、なんにせよ『闇鍋』は季語ではないし、どちらかというと正式な日本語であるかどうかも怪しい。


「お訊ねしますが、この…句を読んだ方はどんな人ですか」


質問が良かったのか家主は満足そうな顔をして即座に答えた。


「それがですね、目もくらむばかりの美女なのです。私も色々な女性を見てきましたが、あんなに眩しい方は始めてでした」


「へぇ…」


「あ、そうだった!!」


何かを思いだしたかのようにご主人。


「どうしたのです?」


「ちょうどその方が今夜来る予定になっているのです。その方が詠んだこの句が前回の俳句大会で準優勝だったのでこうして飾ってあるのですが、女性の方から「それを見に来たい」との事で」


「はぁ。そうなのですか」


今夜パンプキンハウスに招かれた理由は、この家で夜な夜な行われているという俳句大会の取材だったのだが私はそれほど乗り気ではない。だが我が弱小出版社が生き残るために、『記事に出来そうなネタは入念に取材しておけ』との通達があって、気乗りはしないが仕方なく噂で聞いたパンプキンハウスという名の館に取材を申し込んだのである。


結果的に訳のわからない異界に迷いこんでしまった感じになっているが、世の中には奇妙な風習も沢山あるだろうからそこは目を瞑る事にして、今は主人の言ったその美女に話を聞いてみようかなと思い始めた。その時、先ほど私も鳴らした家のベルが大音量で響き渡ったあと、「ごめんください」というやや甲高い女性の声が聞こえた。


「あ、丁度いらしたところですね。はいはい、ただいま参ります」


家主は早足で玄関に向かったようである。一人になった部屋で先ほどから我慢していた欠伸を存分に行って不足している酸素を脳に取り込む。時刻は夜の10時。常識的な感覚からすると俳句をやるような時間ではないが、取材によっていつもこのくらいの時間に集まるという事らしい。『入念な取材を』と言われている影響もあって、大会前にあらかじめ話を聞いておいて、後日大会に直接立ち会うという流れになっている。



「こんばんは」


先ほどの少し甲高い声の主が現れた。私はここで油断していたという事を正直に申し上げなければならない。主人が『眩いばかり』のと言った美女は、確かに美女だったのだが、『眩いばかりの』が美しさをたたえる比喩ではなくて別な事実を指しているとは予想外だった。


「うわ!!!眩しい!!!」


美女は身体中に電飾を巻いていた。従って彼女の身体は眩いばかりに発光し、目が眩んでしまう。何故こんなことをしているのか分からないけれど、美女はごく普通に話しかけてくる。


「本日は取材との事で、私も一参加者として取材に協力いたしますわ」


丁寧ですごく真面目そうなのに、赤青黄色がビカビカでしかも部屋が薄暗いせいもあってそこだけ異様に明るく、私は困惑してしまう。ただ、記者魂なのかこんな状況でもインタビューを始めてしまう。



「あ、あの、その電飾は何なんですか?」


「え?これですか?俳句のインスピレーションになるかと思って」


部屋が薄暗いからとかそういう理由ではなくて?という質問が浮かんだが、どちらにしても不合理だったので別の質問を考える。


「それで俳句が浮かぶようになるんですか?」


「はい。皆さんに好評ですよ」


これを肯定するとは一体どういう集団なんだ、と思ったがあんまりにも自信満々にいうものだからこちらの感覚が麻痺してきて、「もしかして有効なのかも知れない」と思い直してしまう。


「あの前回準優勝したとか」


「ええ。5回目にしてようやく準優勝の栄誉を賜る事ができました」


女性は一緒に来ていた家主の方に身体を向けて深く一礼すると、家主は


「私は最初から彼女の才能を買っていましたよ。皆さん、「もう優勝は目の前ですね」と仰っていますよ」


「いえいえ、そんな私などまだまだです」


私は今までの情報を整理して、あの『闇鍋サロンパス』の句はこの女性が詠んだものだと理解し、若干戸惑いそしてかなり納得した。


<こんな奇人だったらあんな句も普通に詠みそうだな>



私は一応形式的に訊いてみる。


「あの、もしよろしければ今から一句作ってみてくれませんか?」


女性は私の無茶ぶりに動揺するようなそぶりをしたが、何か用意はしてきたらしく、


「分りました」


と落ち着き払って言うと、ものの数分で一句を作り上げた…







その日から数日たって、トイレの中でその句を反芻している。



『かばちたれ てめーが言ったら おしめえよ』



色んな意味で次回の大会が気になるが、取材に行きたくはないと思う。そして、私はそれを俳句とは認めない。






ごった煮
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季語無俳句なるものもあるらしい

 まあ、あれを俳句と言って良いかどうかはさておいて、季語が必ずなければならないと言う訳でもないらしい。勿論流派によって異論あるところだろうが。
 そもそも原型となった和歌には季語は無いし、和歌を縛っていた様々な制約から抜け出そうとして生まれたのが俳句な訳だから、そこに新たな縛りを付けてしまうと言うのは初期の理念から言えば本末転倒である。だが、そこはそれ、権威とは確立する過程において何事ももったいぶらないと気が済まないらしい。
 それに筵旗おっ立てた人々が季語無俳句を始めたのだが、果たしてこれがさっぱり広まらない。人は権威に弱いのである。
 無論、そういうのを全く意に介さない人もいる。世間ではそれを偉人か変人と呼ぶ。

Re: 季語無俳句なるものもあるらしい

こんばんは。

偉人変人の集会があったら異界になっているんだろうなと思うのですが、モチベーションの維持が大変そうではあるなと思いますね。するといつの間にか権威づけが始まったりして、協会を成立させて、当初の理念が失われて、いつの間にか集まるだけの集会になってしまうとか。

とにかく突き抜けてゆくには認められるとか気にしない方がいいですね。
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