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徒然ファンタジー

ジェシカは何処にでもいる普通のキジトラの雄猫だった。ジェシカという人間のような名前を与えた飼主は自分の名前が世に出すのも躊躇われるようなキラキラネームだったので、自分がそう呼ばれたかった理想の名前を飼い猫につけたのである。飼主は女性だったが、雄猫に「ジェシカ」と名付けてしまうくらいには大雑把な性格をしていた。それでも飼主のジェシカへの溺愛ぶりには一目を置くべきものがあって、今日も飼主の過剰なスキンシップはジェシカを困惑させている。頬ずり、絶え間ないキス…逃げようとしてもすぐに掴まってしまうジェシカ。



ジェシカは言葉には出来ないが、飼主に『もうちょっと適当な接し方があるだろう』と思っていたし、伝えられるものなら伝えたいと思っていたようである。



そんなジェシカに転機が訪れた。忘れもしない8月の末。外でやかましく、ある意味で風流とも言えるようすで鳴いていた蝉達が静かになってきて、テレビでは秋雨前線がどうたらこうたら言い始めていたその日、外出中の飼主の居ない間に居間で転寝をしていたジェシカは突然部屋がキラキラ輝きだした事に気付かなかった。その輝きは、物理法則を無視していて、全く何もない場所から発光していた。見る人が見れば驚愕するに違いない現象を辛うじて観測していたのは、残念ながらジェシカで人ではなかった。とはいえ、ジェシカも夢現だったから現実の事だとは思っていなかったかも知れない。なんにせよ、部屋はまばゆい光で満ち始めた。


更に驚くべきことに、その光の中から全身黒いスーツに包まれた中年男性が現れたのである。これは不法侵入とかそういう事ではなく、SF的にいえばテレポートしてきたのである。そしてSF的に言っても、物理法則を無視していそうな瞬間移動のようである。


「よし。成功だ。何とかこの世界に干渉する事が出来そうだ」


さすがに人の声がしたのでジェシカは驚いて警戒し始めた。『う”ぅ”うううう』と低い声を出して男性を威嚇する。


「うーん…残念だが目撃者は君だけかい?座標がランダムになるからこれだとパフォーマンスにならないな…」


怪しげな事を言う男性。とは言ってもその意味が解かる存在はここにはいない。もしこの男性が何もしなければ、何事もなく普通の一日が終わったに違いないが、男性はそれを善しとしなかったようである。


「そうだ!!君は目撃者なわけだし、君が伝えられるようになればいいんだね」


訳の分らない事をジェシカにいう男性。すると男性は胸ポケットから怪しげな物体をとり出した。小さなルービックキューブのようなものといえば良いのか、一面が4つに区切られた何か。男性はそれを一回捻る。その瞬間、ジェシカは人間の姿になった。



もう一度言う、ジェシカは人間になってしまったのである。気が利くのか、普通の服を着た状態で。どこからどう見ても、普通の人間である。



「これで僕の言っている意味が解かるね。君の名前は何ていうんだい?」


「え、俺の名前?ジェシカだろ…?って、何だこの声…」


ジェシカは無意識に答えていたが、今や高校生くらいの男子になっていたジェシカは自分の出した声に驚いてしまった。と同時に自意識がはっきりして、色々な思考が駆け巡った。


「どうして俺は喋れるんだ?っていうか、俺でかくなった。あれ、しっぽない。違うそうじゃなくってどうしてこんなことが分るんだ?あれ、手がある。よく見たら、あの人のようなかたちじゃないか…」


混乱するジェシカ。男性は笑いながら言う。


「君の飼主はまだ帰ってこないようだけど、ここにこの道具の説明書を置いてゆくから、見せておいてね。大丈夫、これをもう一回捻れば猫の姿に戻れるから。要するに、君の飼主が間接的に僕の存在を知れれば目的は果たされるわけだからね。じゃ」


というと、男性は先ほどと同じように光の中に消えてしまった。


「これを捻れば元に戻れる?本当かな…?」


そう言われたもののジェシカは取り敢えず、飼主を待つ事にした。ジェシカは見知らぬ男性が女性の家に居たら、普通は大騒ぎになるという事を知らなかったのである。



夕方になってジェシカは飼主の帰ってくるのを感じて出迎えに行った。


「ただいま~」


「おかえり」


「…」


「おかえり。どうしたの?」


飼主は驚いて心臓が止まりそうになっていた。見知らぬ男性が出迎えたのだから当然である。


「アナタダレ…」


「え?ジェシカだよ」


「何言ってるのあなた…人んちに勝手に…どうやって入って来たのよ…ジェシカは?」


「だから俺がジェシカだよ」


「けーさつ呼ぶわよ…」


「あ…」


その辺りになってジェシカは自分の姿を見たら飼い主が驚くかも知れないという事に気付いた。


「ちょ…ちょっと待って、ジェシカだって証明するから」


というと、先ほど男性が置いていた道具を捻った。たちまち猫の姿に戻るジェシカ。


「にゃ~ん」


「はぁああああああああああああああああああああああ???????どういうこと???ジェシカぁ???」


まだ人間の思考が残っていたジェシカは、飼主を居間に案内しようとする。飼主は混乱するものの、机の上に「読め」と言わんばかりに置かれている冊子を見つけ、疑わしい目を向けながらも読み始めた。それは先ほどジェシカになる前の男が持っていた道具の説明書で、最後のページには


『詳しい事は、人間になったジェシカ君に聞いてみてね』


と後で書いたと思われるメモが残されていた。読み終わった飼主は、


「本当なの?ジェシカ?あなた何かを知ってるの?」


と語りかけてから、説明書の指示通りに道具を捻ってみる。するとジェシカがあの男の子になった。


「ね、本当でしょ?」


「…うん。信じるしかないようね。頭がいたいけど、何があったか教えて…ジェシカ…?」


「分った」



ジェシカが語った事はシンプルだった。部屋が光って変な男性が現れてこれをくれた。それだけでは分らなかったので、飼主は詳細を質問して、ジェシカは覚えている限りで話す。飼い猫と喋っている感覚は不思議だったが、何となくジェシカっぽいと思った飼主はだんだんこの状況を受け入れていった。


「まあ、大体わかったわ。あなたの事は信じるわ」


「ありがとう」


「ところで…」


飼主はすっかり状況に慣れてしまったので、ジェシカに対していつもの様に接し始めている。無意識にジェシカの手を握ったりしているのは、その証である。


「ジェシカ、あなたって男の子だったのね。それも若くて…」


「そうだよ。俺だって2才くらいだからね」


「今のあなたが言うとなんか変な感じがするけど…。でも困ったわ」


「何が?」


「これじゃあ、あなたとスキンシップが出来ないわ」


「ああ。それについて一つ言っておきたいことがあるんだけど」


「ん?なあに?」


「あなたはもう少し適当な接し方を学ぶ必要があるよ。俺いつも苦しい思いをしてるんだよ」


「そ…そうだったの…」


「分ってくれた?」


「そうだったの…そんなに寂しい想いをしていたなんて…これからもっと密着しなくちゃね」



と言って、徐にジェシカ(人間)をハグする飼主。彼女はどうやら勘違いしたらしかった。


「ちょ、ちょっとやめてよ…あの、その…あ…」


ジェシカは何かに気付いたようである。


「そういえばあなたの名前って何ていうの?」


「利莉杏(リリアン)よ…」


「良い名前だね」


「何処がよ!!!」


ジェシカはその日、キラキラネームという概念を知ったのである。
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筋とは関係の無いところにオチが待っている

 あ、でもしっかり伏線は張られていて、この拍子抜けっぷりが好きです(笑

Re: 筋とは関係の無いところにオチが待っている

どうも!

少し設定をややこしくしてみたらどういう物語になるのかやってみたらなかなか続けやすくなったので今一番力を入れている長(中)編ですね。伏線が回収されるようにいろいろ考えているところですが、他作品との繋がりもあるのでこうご期待、というところですね。
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Author:なんとかさん
ナンセンスな物語を書くつもりです。リンクフリーです。

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