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ねこかわさんの動画(前編)

きゅうりにはちみつを付けて食べるというごくごくありふれた狂気は耳にする事があっても実際には試したことがないような私。「狂気」という捉え方は一つの捉え方に過ぎないし、それが普通だと思っている人にとっては何でもない、ごく当たり前の行為になってしまうのだけれど、でも私は個人的にそこにほんの僅かな狂気を読み取る。


良識に反するわけではないけれど、何かしらゲテモノを生み出しそうな組み合わせである。勇猛果敢なチャレンジャーになれないし、なろうとも思わない。それでも反面、そういう大胆な事を実際にやれる人には尊敬を抱きそうになる。


これはそんな私の、なんでもない…気紛れ。



ある晴れた土曜の午前。私は特にする事もなかったので一人で書店に出掛ける事にした。書店と言っても、CDショップとか各種レンタルとかが一体になって、ついでに喫茶店も付属しているような何といったらいいのか分からないお店なのだが、普段の私の用事はそこで足りてしまう事が多い。お気に入りのアーティストの新譜が出る事になったらそこで予約するし、空いた時間で何か鑑賞しようと思ったら夜遅くまで空いているその店に駆けこむ。本当にジャージ姿で入った事もある。


特にする事がない、というのはそれだけ自由に使える時間があるという事だから、身近で可能性が広がる場所の事が頭に浮かぶのは仕方のない流れである。特にそれに抵抗しようとも思わず、私は数分かかる道程の事もほとんど意識しないままそこにたどり着く。


<やっぱり本があると落ち着くな…>


入店して、いつものように本が並んでいる様を見ると『まだまだ色んな事がある』と思えて私はどこか安心する。そしてなによりここには音が溢れている。モニターで新作のゲームを紹介している音、新譜を紹介するBGM、定員やお客さんの動きが感じられる音。それらすべてが、ごくごく普通の事として進み、流れているこの空間は静かな部屋の中とは違って、何かを積極的に思いださせてくれるようである。


視覚も賑やかである。様々なポップや飾り、創意工夫をこらした店内配置。それら全てが好奇心をそそるように作られていて、ついつい商品を手に取ってみたくなる。



そしてつい手に取ってしまったのは好きな作家の新刊。ネットなどで事前に新刊が出ているという情報が入るけれど、実際に実物を見てみると、余計に『買いたい』という衝動が強まってくる。今度の作品は「ラブコメ」だという話だけれど、表紙はちょっと懐かしい雰囲気の絵柄である。



私は「恋愛」特に「ラブコメ」には弱い。二重の意味で弱い。一つは「目が無い」という事と、もう一つはそっちの方面の実際の経験が弱いという事。男女間の恋愛というのは頭で考えても分からない。分らないけど、それに似た経験があるだけで、なんだかよく分らないうちに終わってしまったという記憶はある。とはいえ疑似恋愛をするような「乙女ゲー」では体験したことにならないだろう。案外現実的な考えを持っていると言われている私は、魅了される事が少ない。だけど本当に中高生の頃に一時期はまった漫画の中の恋愛だけは今でも夢に見るくらい私の中で一つの理想になっている。



漫画ではよくある『王道』なのだけれど、「ある日突然」、「ひょんな理由から」、「一つ屋根の下で」、「一緒に暮らす事になった男女」が織り成すストーリーは普段はとてもそうは見えない男の子の本当の気持ちが見えてくるようで、「こんな恋愛がしてみたい」と本心から思えた作品がある。でも読んでいて、ちょっとだけ恥ずかしいと思ってしまうのが、私の駄目なところなのだろうと思う。



今度出た「ラブコメ」はもうちょっと大人の話だけれど、私にとってはこういう方が自然なものに思えるかも知れない。


<よし、買おう>


買う事に決めたのは良いけれど、もう少し店を見て回りたいという気持ちもある。と言うか本当はそこに居たい理由があったのである。


「あ、今日も居た…」


私がその店に入り浸っている理由の中には、とても正常では無いような、気紛れとしか言いようのない、本当に私にとっては変なものが一つだけある。それが…「その人」である。


「その人」はこの近くに住んでいるのか、果てまたここが好きなのかよく分からないけれど、私は小難しいそうな本が並んでいる棚の前で長時間本を見定めている謎の人物だ。私が敢えて「その人」と言う理由は、「その人」の性別がよく分からないという事にある。スッキリしたジーンズにTシャツというラフな格好で、背の高さからすると男だったら少し低いけれど、女性にしたらちょっと高いといえる程。顔が中性的で、本を見つめる真剣な眼差しは、ちょっとだけ格好良いと思うのだが、真剣で『近寄るなオーラ』を出しているように見える。というか、ここはお店だし、普通は他の人が声を掛ける事はないので常識的には近寄ってはいけないのだけれど、でも私は「その人」に対して前々から興味を持っていた。でも実際に声をかけてみようという流れにはならない。


この店の…この世界の流れは、ごくごく普通に、起こる事だけが起るようなそういう流れで、その流れの中に私がその人に声をかけるように働く何かからの一押しはあり得ないし、あの漫画のような「ひょんな事」というのは起り得る筈がないのだ。



私はある意味でいつも通りだという事を確認し、その場を後にした。



私は流れに逆らわない。そして起こり得る事は知っていると思っていた。だけど後から考えてみれば「起り得る事」の全ては知らなかったのかも知れない、、、じゃないとこの後に起った事を説明出来ないからだ。



私は家に帰って何気なくテレビを付けた。私は「何でもないはずのニュース」を驚くべき眼差しを向けて見ていた。


「これ…あの人だ…」


ニュースの特集で『最近話題の人』という名目でインタヴューを受けていた人はまさに私がさきほど見た「その人」だったのである。その人は『女性』らしく、名前はネット上のハンドルネームで「ねこかわ」さんと名乗っていた。その特集が何についての話題なのかというと、最近ネットで話題になっている動画投稿サイトに投稿された動画らしく、「ねこかわ」さんは猫の可愛らしい動画を撮ってネット上にアップロードする投稿者らしい。


「猫の可愛らしい動画だから「ねこかわ」さんか…」


あの本を見つめる真剣な眼差しからは想像できない親しみやすいネーミングセンスである。「ねこかわ」さんは、素人ながら動画の撮影にはかなりコダワリをもっているらしく、


『猫の愛くるしい一瞬を収めて、みんなに見てもらいたいんです』


とインタヴューでも「殆ど毎日猫の動画を取り続けている」と答えていた。その動画の数が1000本を越えたところで「ねこかわ」さんの認知度がかなり高くなったらしく、「ねこかわ」さん自体も結構マニアックなネタを動画に仕込む事から、色々な人がリスペクトしているという。



「知らなかった…」


笑顔で答える「ねこかわ」さんの事が非常に気になり出した私は、ニュースが終わるや否や、一心不乱に「ねこかわ」さんの動画を見まくった。と言っても、全部見る事は当然できなかった。でもとにかく猫が可愛いという事と、「ねこかわ」さん…あの人がとてもユニークな人だという事が分った。



私は冷静さを失ったままそのままあの書店に駆けだしていた。『会えるかどうかは分からないけれどもしかしたらまだ居るかも知れない』。そう思うといやがおうにもスピードは上がる。呼吸は乱れに乱れたが、何とかバテる前に店に戻ってくることが出来た。よくよく考えてみると、勝手に相手の事を知った気になって、他人に声をかけるなんて事は、常軌を逸しているような気もするが、だが、私は「その人」を前から見ていたのである。だから、ほんの少しの勇気と勢いがあった場合、そしてこういう「流れ」が後押しした結果、そういう気紛れを起こしてしまうという事もあったのである。これは私の知る「流れ」にもなかったし、店の淡々と進んでゆく物事の流れともちょっとだけ違っていた。



冷静になる暇もなく、私は「その人=ねこかわ」さんの居る場所に向かう。運良くそこにはまだ本を睨みつけている姿があった。


「あの…!!!ね…ねこかわ…さん…ですか?」


「…え?あ、え?」


相手は戸惑っているようだった。それはそうである私は一生懸命過ぎて、ちょっと変な人に見えたかも知れないのだ。相手が戸惑う姿を見て、少し冷静になった私。


「あ…ごめんなさい。そ、その…さっきテレビで見てた人だと思って、それでちょっと前からここで見てたので、その…」


「あぁ…そういう事か。だよね、やっぱテレビって凄いな…」



「ねこかわ」さんはテレビの力に感心しているようだった。


「そういえば貴女もよくこの店に来てますよね。ちょっとだけ記憶してました」


「あ、そうでしたか」


早くも話題がなくなってしまう私。何を喋っていいのか分からない。分らないけれどとにかく言葉を発してみる。


「そういえば、いつもこの辺で本を見てますよね。もしかして動画に使うんですか?」


「まあそんなところ。最初は猫だけだったんだけど、字幕や声を入れるようになってからちょっと凝り始めちゃって…」


「ねこかわ」さんはちょっと照れくさそうに答える。その照れ笑いがとても自然なものだったから、私もつられて笑ってしまう。確かに動画は猫は勿論だけど、猫の動きを巧い具合に何かに喩えたりして、ちょっと笑えたり、ちょっと感動できたりする内容になっている。それが全体的に『作り過ぎ』ではなく今の笑顔みたいに自然体だから、見ていて心地よいのかも知れない。


「今日も作るんですか?動画」


「そう。日課だからね。いつも夜の7時頃までには作っちゃうの。良かったら見てね」


「はい!」







この日以来、この店で「ねこかわ」さんを見掛けたときには動画を見た感想をいう事にしている。ちなみにこの日「ねこかわ」さんが作った動画には、「テレビ見て、声をかけてくれた人が居た」というナレーションが入っていて、何だか気恥ずかしかった。そしてこの話にはまだ続きがあるのである。



(つづく)
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