徒然ファンタジー6
「ところで今日はどうして家に来たの?」
シェリーが訪れた事に対して疑問を感じていたリリアンは素直に訊いてみる事にした。するとシェリーは何か思い出した事があるかのような「はっ」という顔をして、
「そういえば言うのを忘れていたわね」
と言った。続けてシェリーは少し呻り始めて、
「ん~何から説明したものか…。実は私、あっちで念願の『店』を開いたのよ」
「えっ、ついに!!良かったね京子!!」
二人の間ではそれで通じたのか、戸惑うジェシカをよそに、京子とリリアンは大袈裟に抱き合った。
「それでそれで、どんな感じなの?」
「まあ、概ね願った通りの『店』ね。珍品も結構扱ってるし。それでね今日はそれを報告しに来たついでというのかそちらが目的というのか、こっちでちょっと買いつけにきたのよ」
「買い付けって『店』に出す商品の?」
「そうね。もう少しアンティークの方を増やそうと思ってて。そういうのって伝手を辿ってゆかないとなかなか見つからないのよね」
「なるほどね。ところでお客さんは入るの?」
「実はそこが問題なのよね…。常連もできたのはできたのだけれど、何分安い処を借りたから場所があんまり良くなくて、まあぼちぼちと言ったところよ」
「う~ん。現実は厳しいわね…」
「それでも私の念願が叶ったんだから、ここから頑張るわよ」
「そうね。京子ならできるわ」
シェリーに絶大の信頼を置くリリアンにしてみれば、シェリーが『店』を持つというのは当然という感覚であった。一人話についてゆけないジェシカは二人の顔を代わる代わる見て、その表情からとにかく良い話だという事だけは分かったので、
「よかったね」
と言った。その言葉でジェシカの事を失念していた事に気付いた二人は見つめ合い、少し苦笑した。そして二人はジェシカの方を向いて微笑むとジェシカに『店』の事について分かり易く説明し始めた。リリアンはまず昔の話をする。
「あのねジェシカ、京子とわたしは昔、『高校』…っていうところで出会ったんだけど、丁度そこを卒業する時期かな、京子がわたしに向かって
『私、将来自分の『店』を持つわ!』
って宣言したの。『店』っていうのは」
「リリアン、ここからは私に任せて。『店』についてなんだけど、それは『雑貨店』なの」
「『ざっかてん』?」
「そう。まあ簡単に言うと、色々な物を置いている店よ。例えば、食器とか、置物とか…」
「あそこらへんに飾ってあるものとか、そういうものかしらね」
「もうちょっと貴重なものとかも置いているわ」
「へぇ~」
ジェシカは漠然とだが、色々な物が置いてある部屋を想像していた。猫のジェシカにとっては『物』というのは猫の感覚でいうと使用するというよりも、自分が乗っかったり、転がして遊ぶようなものとも言えるし、人間の立場だと、『色々便利な物』という風にも思えている。二つが共存しているのは少し変なのだが、「子供」みたいな存在という事なのである。
「今度、行ってみて良いかな?」
リリアンがシェリーに向かって言った。シェリーは満足そうに頷く。
「勿論。是非見てちょうだい。ジェシカも一緒にね」
ここでリリアンは微妙な顔をする。
「ジェシカは『猫』だしね…遠くに連れてゆくのは大変というか…」
「『猫』って…大丈夫よ、彼はちょっと不思議な子だけれど、結構しっかりしてると思うわよ」
シェリーはまだ真実を知らない。もともとシェリーは非現実的な事を比喩として捉えるタイプの人間だから、そのままだと誤解したままの可能性もあった。その時、シェリーはある事を思い出した。
「そういえばね、ちょっとお客さんとのやり取りの後から店にあった『黒い猫の置物』を持ち歩く事にしているんだけど、それがね…これなのよ」
『猫』という言葉で、もともと店のアンティークとして置いてあった『黒い猫の置物』の事を思い出したシェリーは、喋りながら荷物として持ってきていたバッグからそれを取り出した。
「へぇ、黒い猫ね。なんだか目がまるで生きているみたいね」
「・・・」
「ジェシカには似てないわね。キジトラだし。じゃあ実物と比べてみるために、ちょっと猫に戻ってもらえる?」
「猫に戻る?どういうこと?」
「どういう事もなにも…」
シェリーが質問している間に、リリアンは『あの道具』を取りだして、ジェシカを猫に戻らせる。メタモルフォーゼともいえる瞬間を目撃したシェリーは絶句した。
「にゃ~」
「う~ん。やっぱりジェシカの方が可愛いかな…」
親ばかを発揮するリリアンの横で固まったまま動けないシェリー。そして、
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
顎が外れそうな程叫びだした。リリアンとジェシカは突然の事に驚いた。ジェシカは慌ててどこかに隠れてしまう。
「な、何よ京子!!どうしたのよ?」
「ど、ど、どうしたもこうしたもないわよ!!なんなのよあの子は、ジェシカに何が起こったの?なんで平然としてられるの?」
「え…だって、京子さっき「ジェシカが猫だ」って言ったら、「知ってる」って言ったじゃない」
「私は『猫』っていうのを、比喩的に捉えていたのよ。主従関係とか、「ご主人様」とか呼ばせてるから、てっきりそういう変な関係なのかと思って」
「そ…そんな事あるわけないじゃない。馬鹿!!」
「馬鹿はあなたよ、リリアン。人間が猫に変身するのを見て冷静でいられる方がどうかしているわ!!」
シェリーはまだ少し誤解をしていた。人間が猫に変身したのではなく、猫が人間に変身していたのである。
「だって、ジェシカはもともと猫だもん!何言ってんのよ、当たり前でしょ!?」
「え…猫なの…?」
「猫よ」
「本当に…?」
「本当よ」
シェリーは古典的によくある方法で自分の頬をつねって、現実である事を確認した後、頭を抱えた。
「何なのよ…何なのよ、これはどういうことよ…。…!!!」
そこでシェリーは『黒猫の置物』の事について思い出すのだった。
「『目立たないけれど確かに所有者の人生に彩りを与える』…まさにそうね。この『黒猫の置物』だけが原因ではないけれど、これがさっきの事に関係している…」
「なに一人でぶつぶつ言ってんのよ。諦めなさい、潔く認めなさい。京子」
「うぅ…」
シェリーは不満なわけでないのだけれど、どうしても簡単には認められないのだった。
「うぁ~」
猫に戻ったジェシカはそんなシェリーの気持ちをよそに、眠くなって盛大な欠伸をしていた。