そらまちたび ⑤
記憶を受け継ぐということは出来ない。事実として記録されたものを見たり読んだり、人から聞いたりする事によって、どれほどの事が伝えられてゆくのだろう。完全にではなく、常に不完全に。でもだからこそ、大切な何かだけは…
[図書館]
「君はここよりずっと都会から来た人だろうから、この町の規模というのかこの町らしさを知るために手っ取り早く『図書館』に行ってみるのがいいと思う」
「『図書館』ですか?」
僕の知っている図書館は普通の町になら必ず一つや二つ、場合によってはもっと多くあるというイメージである。僕もそこまで利用するというわけではないが、学生時代は調べものする時とか、静かなところで勉強したい時などはそこそこ利用していた記憶がある。多分、片山さんはこの町の図書館にしかないような特別な資料を見せて僕に何かを伝えたいのかも知れない。そういう考えがあったのですんなり提案を受け入れる。
「分りました行ってみましょう。『図書館』はここからだとどれ位ですか?」
「周る順番は良くなかったかも知れないんだけれど、『図書館』は商店街の方にあって、まあでも車だと5、6分で着くよ」
お寺から比較的賑わっていて車通りも多い道に入るところで「スーパー」が見える。この辺りは商店街というわけでは無さそうで、中型の商業施設を多く見かける。
「気付いたかも知れないけど、この町は明らかにこちらの方が車通りが多い。もうちょっとむこうが高速道路の出入り口という事もあるかな」
「この条件だと観光バスとかも多いかもしれないですね」
「まあ、今の季節じゃ殆ど無いに等しいけれど」
片山さんは「ふふ」っと笑った。なんだか僕が季節外れにやって来てしまったみたいで少し恥ずかしくなったが、だからこそ片山さんが僕に興味を持ってくれたというのもあるのでなんとも微妙である。
「風情があって良い処だと思うので、何かイベントのようなものがあれば人は集まると思います」
「それは一つの希望だね」
会話をしているうちに、再び商店街の方に戻ってきた。歩いている時にはそんなに意識しなかったのだが、車で通るとこの通りは少し狭く感じる。
「ここの弱点を指摘すると…」
片山さんはひっそり独り言のように言った。
「駐車場がほとんどないという事かな…」
「あ、そういえば…」
もともと歩行者が通り易いように商店街を作ったのか、それともただそうなってしまったのか、よく分からないが、車でやってきた人が商店街で買い物をしようと思ったら少し不便なのは確かだった。
「雰囲気は良いと思うんですけどね…」
フォローになっているのかよく分からない。車は信号で一旦停止した後、先ほど寄った老舗の和菓子店のところを左に曲がり、その道路よりももっと狭い結構急な坂を登りはじめた。
「すぐそこが図書館だよ」
「あ、あれですか?」
僕は正直に言うと、こんな所に図書館があるとは思っていなかった。しかも、『図書館』らしい『図書館』ではないようにも見えた。なんというか『事務所』みたいな。そう言ったら片山さんは苦笑した。
「私が言いたかったのは『図書館』の規模を見れば、大体その町の規模も分るんじゃないかって事なんだよね」
今の発言は、この町に住んでいる一人である片山さんにとっては「自虐」も少し入っているようにも聞こえるのだが、僕もそれに対しては苦笑いしかできない。
「でもまあ批判しようというわけではないんだ。その何というか、本が好きな人にとってはちょっとだけ物足りないという気がするというくらいのニュアンスだね」
その発言は実際に中に入ってみた時に実感された。好意的に解釈すればコンパクト、少し批判的な目で眺めればちょっと微妙。地域資料の閲覧室がちょっとだけ暗いような気がするし、資料を見る為にちょっとばかり手間があって、片山さん曰く「借りる事の出来る資料も少ない」のだそうである。ライターをやっている人だから資料は必要で、大体の場合は自分でネット通販で購入するのだそうである。
「以前ある小学校の図書室を見学したけど、何というか本好きとしては残念に感じたかな」
「それは結構、切実ですね。僕はあたりまえの様に資料は揃えられる環境にあったので、住んでみたらちょっと不便に感じるかも知れません」
ちなみに平日のお昼時だったからか、館内にいたのはお年寄りの人と幼い子供とその母親と思われる人で、小規模ながらも子供用に仕切られているスペースで母親が子供と一緒に絵本を選んでいたのを見て、なんとなくホッとした。一緒に見ていた片山さんが、
「色々言ったかもしれないけど…」
とことわった上で、
「地域にとっては『図書館』というのは大切な場所だと思うんだよ。確かにここは必要とされ、本や情報を提供している。新刊なんて結構揃えてくれるしね」
「なんとなく分ります」
図書館ではこの町についての資料を少しばかり読んだ。片山さんが資料慣れしているから、短時間でも気になる情報を見つける事ができた。