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ナンセンスとそれから

物語を書くつもりです。リンクフリーです。

伝えること

Posted by なんとかさん on   0  0

始まりもあり終わりもあるような継続中の行為、動作について、何らかのプロセス
として捉えるとすると、「~であるようなプロセス」として表現する事ができる。

人の想いの中には何かを『夢』としてそこに向かう、それを実現したいというような
ものがある。それが実現するように思考したり何かを実行したりするかどうかは
その時々だが、実際に実行され始めたり、思考として目指すべきところがある程度
はっきりしている時、伝える事を目的としている思考のプロセスだけではなく、
「それ」に向けて何かを実行し実現してゆく「過程」そのものをプロセスとして
捉えるならば、己を位置づけたり、己の状態を説明するにあたって、


「~であるようなプロセス」


にある、いると表現する事もできるかも知れない。現実的にはその「プロセス」を
続けようと、その思考なり行為の続きをその都度し始めようとしても、何か障害
なり事情があって出来ないことがある。そして何より、それを一時の休みもなく
続ける事は一般には困難なのである。生物としての限界もあるだろう。



中断しながらも再開されるような「プロセス」をもプロセスと呼んで良いならば、
同一、というよりは同じく「それ」と呼べるような何かの「流れ」の中に自分が
あると感じる事もあるかも知れない。常に絶え間なく流れているわけでも、流れ
が物理現象として確認できるというわけではないかも知れないのだが、「プロセス」
という捉え方をしている者にとっては、「それ」を「同定」出来るかも知れない。



ただ、同じ「それ」が再開していると捉えられるかどうかは人それぞれである。
緩く捉えれば「それ」のようなものが違うところから起こっているともいえるし、
厳密に捉えれば物理的過程は途絶えれば、再開しても違うものである。



それでも言語で表現され、「~であるようなプロセス」とはっきりと規定できる
プロセスについては、同じものとして捉える視点はあるかも知れない。

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なんとかさん

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