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切れない包丁

切れない包丁を研いでいた時の話。

「盲腸が痛いちょう」

ヘリウムガスを吸ったような声で騒ぎ出したのは奇妙な生物ガンジス。ガンジスに盲腸があるのかどうかは分からないが、とにかく奴のペースに呑み込まれたら最後、預金通帳に手をつけられてしまうと思ったので私は冷静に包丁を見つめていた。


光っている。包丁が。


「盲腸になると、頭からモールス信号が出るんだ。多分、今頃伝説の魔法『たらこ三昧』の発動に向けて結社が準備し始めた頃だよ。いいの?放っておいて世界がピンチだよ」


ガンジスは例によって嘘八百を並べて私の注意を引きつけようとしている。


「あーあー…もう駄目だ。終わっちゃった。俺の盲腸で世界が滅んだな…世界が滅んでも俺は生きているから、盲腸取ってくれる人が居ないから、俺ずっと盲腸だ。困ったな、仕方ないから滅ぶ前に手術してもらおう。でもお金がないよ…あ、そういえば洋服箪笥の2段目に隠してある封筒にへそくりがあるんだっけ。よし、それで今夜は豪遊だ!!」


私は切れない包丁を見つめながらキレた。


「あ?てめぇ、盲腸治したいのか、豪遊したいのかどっちなんだよ。っていうか、へそくりなんてねぇよ。臍くり抜いてやろうか?」

「待ってよ。俺には臍なんてないよ!!それにその包丁じゃくり抜けないでしょ。早く研がなきゃ」

「だから研ぐのをお前が邪魔しているんだよ」

「そ、そんな事より、そろそろ『たらこ三昧』が発動しちゃう。結社が、あのイカサマ集団が…」

「それはお前の妄言だろう」

「妄言と違う…これは空想なんだ、三日三晩寝ないで考えた…君には分らないだろう、俺がどれだけ豪遊したかったか。豪遊したいから必死で設定を考えたんだよ。それをいとも容易く退けるなんて邪道だよ!!」


「いろいろ甘い。なあガンジス」

私は溜息をつきながら続けた。


「お前、いつになったら真面目に考えるんだ?お前はこの世界に来て何をするつもりだったんだ?」


それは常々私が考えていた事だった。この世界にガンジスがやって来てからも、奇妙であること以外に何の情報ももたらさなかったガンジスは研究対象としても中途半端な存在であり、いつしか世間からオカルト的な扱いを受け、この生物について真面目に考える者が居なくなっていた。というより、研究者はガンジスなどというデタラメな存在は生物というカテゴリーから抹消した方が、人類の繁栄を考えるうえで都合が良いという意味で、既に生物扱いされていなかった。最近では生命であるかどうかも不明であるという研究結果も出ているそうである。私も時々、これを観測しているのは私を含めて数名だけなのではないかという気がしてくる。突き詰めて考えれば、ガンジスを研究したところで人類や生命についての何かが深まるというわけではないし、言表にしてみてもただ妄言を垂れ流すだけと分ってからは、ガンジスに見えている世界がどうとか云々以前の問題だという事が判明したのである。


「…芳郎。お前はちゃんと俺に向き合ってくれるんだな。おじさん嬉しいよ」

「おじさんっていうか、お前この前「俺、生まれたばかりです」って言ってただろ。あと、私の名前は陽子だ」

「まあ聞けや。俺がこの世界にやって来た目的は『ない』し、この世界以前に居たところの記憶も『ない』。つまりだ、俺はつまり君らとなんら変わる事のない…ただのガンジスなんだ」

「いや、お前を調べれば調べるほど、お前がそうやって動いて喋っている事自体がオカルトなんだよ。説明不能なんだよ。分かるか?私は持て余し気味なんだよ。最近、バイトも忙しいし」


ガンジスはようやく真面目な顔つきになって、言った。


「そうか…。なあ?」

「なんだよ」

「俺って、何者なんだろうな?何処に行くんだろうな?」

「まあ、それについてはゆっくり考えるとしてだ」

「え?」

「お前、少し芸でも身につけたらどうだ?売れっ子になれば豪遊できるぞ。」

「…。でも俺センスねぇし…。俺、経験ねぇし…」

「そこだよな。お前見かけアレだけど、意外と感覚が普通なんだよな」

「マジ、俺、常識的なんですわ」



本当に、切れない包丁は使いどころに困る、と私は思った。
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ガンジスなら沐浴でも

 させとけ。
 あのきったない、ばっちい、大腸菌がうようよのガンジス。死体も汚わいも、生ゴミも、粗大ゴミも、燃えようが燃えまいが知ったこっちゃ無いゴミも、みんな一緒くたに飲み込んでいくガンジス。偉大で聖なる川ガンジス。日本に無くてよかったとつくづく思う。

Re: ガンジスなら沐浴でも

こんにちは。

ガンジス、沐浴できるかどうなのか分りません。概念的な存在だという可能性もあり、続編で少し微妙な存在として描かれていますが、本当に名前が『ガンジス』だという事にも理由がありません。


うん。川でないことは確かです。
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