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徒然ファンタジー9

「ご主人さま…人が多いよ」

通勤ラッシュのようなものを知っていればそれほど窮屈でもない車内。初めて電車に乗り込んだ感想で何よりも人の多さに驚いた事が分るジェシカは視線を気にしてか飼主のリリアンを見つめている。視線とはいってもみなそれぞれ自分の事に集中している事が多い車内の事なので、単に時々誰かがいるという事を確認するために視線が動くだけの事なのだが、密閉された空間で席に座れず立ちっぱなしになっているジェシカとリリアンの位置が丁度両サイドの座席の間のためか何となく人が気になってしまうのである。


これも想定内だったリリアンは落ち着いた声で言う。


「このままでいる時間もそう長くないから大丈夫よ。近場だし」


リリアンはこの日比較的近いところにある繁華街に出掛けようとしていた。シェリーが帰った日にジェシカに電車を体験させようと計画した彼女は、折角だからジェシカを賑やかなところに連れて行きたいと思って一週間後の休みの日にジェシカを伴って駅まで歩いてきた。そこでお馴染みの人にとってはお馴染みの『カード』をジェシカに手渡した。駅でどうしたらいいのかをその場で説明するよりも計画的に『カード』を事前に作ってチャージして渡してしまえば面倒な事を回避できて良いと踏んだリリアン。謎の『カード』を手渡されてやはり戸惑うジェシカに、


「とにかくついて来れば分るわ」


と伝えて、彼女はどんどん先に行ってしまう。確かにこういうのは迷っているよりも勢いが大切だ。ジェシカはそもそも複雑な構内で訳が分らなくなりそうだったのでとにかく必死に着いて行くと、リリアンは改札で一旦立ち止まった。慣れた手つきで『カード』を機械に当てたところ、自動でゲートが開く。しばらく人間として生活してきても未だに機械の仕組みはよく分かっていないジェシカだが、


「簡単よ、この『カード』をここにタッチすればいいの。ピピッってなったら、あとは通れるわ」


若干言葉での説明と言うよりは見せたままを真似しなければならないような中途半端な説明だが、ゲーム機の操作の経験や、教えられた事には比較的忠実で、何よりリリアンに対しての信頼からかジェシカは言われた通りそのままやってみせ、改札を通過することができた。



こうして電車のシステムについては曖昧な理解のままでも電車に乗り込むことができたわけだが、リリアンの想定からすると、車内で静かに待つ事とか、降りる時に迷わない事とかがちょっとした問題であった。その辺りは事前に「何か迷ったら、私の真似をしていればいいわ」と伝えてあった。そうしてとりあえず今のところはジェシカは車内で目立つような事はしていない。とはいえ、初めての事なのでやはり不安になるのか、小声でリリアンに訊いてくる。


「近場ってどのくらい?何だか車よりも速いんだけど…」


近場の感覚は人それぞれである。成人のリリアンなら電車で10分くらいなら近場くらいの感覚かも知れないが、実際に移動した距離は短い時間と思えない程長くなるので、『近い』という言葉も言葉の綾である。


「そうね、気になるんだったら窓の外を見ていると良いわ。景色を見ていると色々発見があるものよ。そうやっているうちにすぐに着いちゃうけどね」



アドバイス通りに外を見ていたジェシカだったが、とにかく外の景色は高速で流れてゆくし、しかも情報が非常に多いので見ているうちに眩暈がしそうになった。ただ、近いところよりもずっと遠くを見つめるようにしてからは、だんだんスピードにも慣れ、楽しむ余裕も出てきた。


<よしよし・・・大丈夫みたいね>



景色に集中しているジェシカを確認して、想定されたことの一つをうまくクリアしたと感じたリリアン。その時電車のスピードが緩んで、車内アナウンスが流れた。降りるのはこの駅ではないが、一応伝えておく。


「ジェシカ。電車っていうのはこうやって決められた場所で止まるの。次に止まったら降りるのよ」


駅に止まって車内から幾人かの人が降り、そして幾人かの人が同じ車両に乗り込んでくる。電車が空いている時間を見計らって乗ったので乗り降りに際しての混雑はないようである。再び電車が動き出し、しばらくすると目的の駅に着いた。


「降りるわよ」


リリアンは促した。ジェシカは頷いて着いてゆく。そのまま無事降りる事が出来たジェシカは安堵して深く息を吐いた。


「上手くやれたみたいね。良かった!」


そう言うとリリアンは自分よりも少しばかり背の高いジェシカの前でつま先立ちになってその頭を撫でた。褒められたという事が分って目を細めるジェシカは猫のようだが、果たして猫だった。本来ならば恥ずかしい行為の筈なのだが、素直すぎる二人にとってはとても自然な行為である。


「ありがとう」


「どういたしまして!」


笑顔の二人はそのまま駅を出た。
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