そばの蕎麦屋
『立ち話もなんだから』と言って誘われた蕎麦屋で僕は蕎麦を啜る。何故に蕎麦屋なのだろうかという疑問を感じてはいたが、多分一番近くで目に留まった場所と言うだけで他に大した理由はないだろう。
「美味しいかい?」
「美味しいよ」
僕が話している相手は古くからの知り合いで、確かかなり遠くてもはや無関係とも言える親戚にあたる人なのだが、住んでいるところが偶然近いとかで何となく話をするようにはなったのだがいまいち自分でも関係性を掴めていない。半ば探り合いのようなカタチになるからか会話も上っ面になり易く、恐らく「立ち話」でも良かったのだけれど、たまたまお昼時だったからそこで食べながら世間話でもしようという気持ちになったのだろうと僕は勝手に想像している。そして二人の間では早くも話題が尽き、既に関心は運ばれてきた蕎麦に向かい始めている。
蕎麦というものが美味しい地域に生まれ育った僕でも美味しいと自信をもって言える白い十割の蕎麦。知り合いと話をする事自体はそんなに意義深いと言うほどではないが、偶然入った店がこんなにも満足できる蕎麦を出すところだとは想像していなかったので、これはこれで有意義だった。
「実はさ、ここでこんな事を言うのも変なんだけど俺、蕎麦そんなに好きじゃないんだよな…」
僕はこの突然の告白に驚愕した。というかだったらもう少し店を選べば良かったのに、わざわざ好きでもないものを注文していたので全然そんな風には思えなかった。
「そう…」
動揺はしていたが、和の落ち着いた感じを音楽と供に演出している店内で大声を出すわけにもいかず、意図せず気にしていない調子になってしまった。
「ところでさ、前から君に言いたかった事があるんだ」
「何?」
知り合いはまるでそれが本題だったと言わんばかりの調子で言うけれど、さっきまで話す内容に困っていたという事は気にしない方がいいだろうか?彼は続ける。
「俺と君ってさ、遠い遠い親戚だったと思ってたんだけどさ、この前実家に帰った時にいろいろ話聞かされてたら、意外な事が分ったよ」
「意外な事?」
「そう。実は、ややこしい話になるんだけど、俺の弟がそっちの従姉妹の子とこの前婚約したんだってさ」
「それって…」
「つまり、遠いのは遠いんだけど、『微妙に近くなった』って事かな…」
「でも直接的には関係してないよね」
「まあ近くに住んでいるという事くらいだろうか…あ、そうだまだもう一つあったんだ」
「え、もう一つ?」
「君の出身地って「○○市」だったでしょ?俺、一時期その隣の市に住んでたんだよね」
「ああ、そうだったの。「△△市」だね。へぇ…」
「へぇ」としか言いようのない話だった。わりとどうでも良い。
「そこどうだった?」
「蕎麦屋が多かった」
「そういえばそうだった。よく食べに行ったんだっけ」
微妙に繋がったような気がするが、「つなぎ」のない蕎麦のように切れやすい繋がりである。前の認識よりも確かに近くなったのは確かだが…。その時、彼は少し得意げに言った。
「『そば』だけに近くなったってか?」
そばだけにちかくなったってか。頷きかけたが、
「でもさっき、蕎麦そんなに好きじゃないって言ったよね」
「…」
この後微妙な空気が対して近くもない二人の間に流れた気がしたのは、気のせいではないだろう。