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ナンセンスとそれから

物語を書くつもりです。リンクフリーです。

表情

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雲が厚くて今にも雪が降りそうな天気。コンビニに入店して特に欲しいものがないなと気付いて、それはそれで良いことなのかなとも思った。


ネットニュースで「猫にも表情がある」という知識を得て、

ここ


で自分の能力をテストしてみたら、8問中7問正解という結果でちょっとした自信になった。三匹も飼っているからかもう少し研究してみたい気持ちはあって、何となくだけれど猫に常識人っぽさを感じてしまうのは『弁えている』という様子からなのだろうか。


この表情は明らかにめんどくさそうに見える。


なんとなく

Posted by なんとかさん on   0  0

なんとなく努力の度合いが高まってきた気がする。柔らかな感じがする日ではあるものの、取り組んでいる事が少し険しいからか休憩が必要という疲労感である。


合間に見る『話題』でテンションが上がりそうなものを探すとやはりイエローモンキーになってくる。テンションを上げる事も『頑張る』事に含まれるなら、テンションが上がるものを探す事もある種の努力と言えばそうなのかも知れない。



何故かはわからないけれど、アーティストやスポーツなどで応援している人の活躍とか、情報が出てくるタイミングが自分が踏ん張りたい周辺だったりする事はよくある。ある種の『同期』を行っていると思って「世の中そんなものだ」と思うようになっているけれど、12月9日のFNS歌謡祭に出演するというのもこれまた絶妙なタイミングで、「今日ではない」というのも捉え方によってはもうひと踏ん張りが必要だなと感じられる。


ブログを書いていると猫が外に出たそうにアピールしてくる。寒いんですよ…



気の早いクリスマス

Posted by なんとかさん on   0  0

静謐な空間。店によってはクリスマスソングが流れている時期だからか、意外と物思いにふけり易くなっている自分を見つける。何かが始まる事もなく過ぎ去ってしまっている時間ではあるけれど、どこかしらそういう雰囲気に対して悪くないなと思えているのは物語チックだからだろうか。行くべき道を仄めかされるように起こり続ける出来事と、こうして静かに椅子に座ったままでも何かをしている気分になってしまう心の対比が妙に現代的である。


『するべきことはある』


確認するように言葉にして捉えてみるが、敢えて必要に迫られている場面を想像してそこに付属させるような響かなさがある。少なくとも今すぐにではなく、後で振り返った時にすべきことがあったなと回想するような必要性を創造している感すらある。いつか何かしようと思ったら、今する事が出てくる。だぶんそういう感覚だろう。



何となくスマホを操作して個人的に気に入っているクリスマスソングのメロディーと雰囲気を確認する。『これだ』と思うような一瞬があって、イントロをちょっと流しただけで満足してしまう。いっそう年の瀬を意識してしまい、つまりは『師走』である。何故か意識が年越しそばを食べるシーンまで先走りして、


<あ、そうだ。そば食べたいな>


と食欲が刺激される。近いうちに食べに行こうと心に決めてからパソコンの前を後にする。その時々のニュースに気分を左右されたくないなと思うようになって意識的に気持ちを外に向けているこの頃は、パソコンでメールやら話題をチェックする段ですら一つの敷居があるように感じる。むかし読んだ社会の教科書でネットがそれほど行き渡っていなかった頃でさえ『情報化社会』がどうで『取捨選別』が必要だという論がお決まりだったけれど、当時の筆者の想定はどれ位のものかは知る由はないけれど確かにこの静謐な空間には似合わない過激な話にどの程度心を揺さぶられた方がいいのかを考えたくなる。


「ありふれてるだろうな…」


こんな思いを抱いてしまう自分の心境すら今やありふれたものなのだろう。『みんな』とは言いたくはないけれど、「もういいや」となりかけるこの心が世間と比べて変だというのなら自分はハナから共感されないだろうなとすら思ってしまう。そういう世界だとは思いたくないから共感を求めると言った方が正しいのかも知れない。少なくとも理解ができるようにあって欲しいという願いなのだ。



それに思い当たった辺りで割合分析が行き届いている事を実感して、今度こそ本当に気持ちを外に向ける。外、つまり冷たい風が吹き付けているであろう外である。昼過ぎで陽は照ってるくせにあまりその効果を感じないから、いざ外出しようとするとこれまた別の『敷居』が生じる。



幾つの域を跨げば『直接行動』という手段に出るのか。今やそんな時代である。いや、無理に外に出る必要はないのだが、散々いやいや言ってるくせに外に出ていかないというのも一貫していないから、これは一つの反逆なのである。勿論動き回る事が全て正しいというわけではない。ただ何か理由を探して出掛けるという事が少なくとも今の自分には必要なだけである。




いや…何かに出会う事が必要だと言った方が正しいだろうか。けれど考えみるとそれこそみんな引き籠っているような状況で、どうやって何かに出会うのだろう。物理的に無理じゃないだろうか。そんな『頭』である。



ブブブ



その時突然スマホが震える。SNS上でやり取りしている友人からの写真入りのメッセージである。


「ほぅ…あそこに店オープンしたのか…」


何でも友人がその店に関わっているらしく、『一度行ってみてくれ』と勧められた。今はこの辺りには珍しくなっている喫茶店だそうで、共通の趣味を持つ友人の勧めだから『何か』があるのかも知れない。『頭』がそういう事をイメージしてしまうと善は急げモードである。さっそく最近またお世話になり始めたジャンパーを羽織っている自分が居た。



☆☆☆☆☆



喫茶店は車で12、3分程度の所にある。外装がブラウンが基調で意外に地味なのだけれど「雅~MIYABI~」という屋号が映えて「いかにも」という感じを暗示している。周囲は最近妙に栄えてきたせいで各種の商業施設に加えて工事も多く、ここに新店が構えられているのは気付かなかった。とりあえず駐車場から店内に移動する。



友人の紹介とは言え『場違い感』が出ないようにと祈ったのだが、全然そうじゃない。それほど大きくはないが落ち着ける感じで、むしろ目を引いたのは…


「わあ…『本』が一杯ですね」



ちょっと大袈裟な言葉が出てしまったけれど「いらっしゃいませ」とカウンター越しに笑顔で迎えてくれる店員の女性にそう話しかけていた。店内の至る所に自由に読んで良いという風に本が所狭しと置かれている特殊な空間である。



「ええ、オーナーが『書痴』とか『ビブリオマニア』とかそういう種類の人なんです」


あっさりと言ってのける店員さんの言動に若干圧倒されながら、その言葉からまだ見ぬ店主の風貌を想像する。何故か髭もじゃで、和服…『甚平』を着ているイメージが出てきたのは自分も何かに毒されているかも知れない。圧倒されていたけれど店には既に先客が何名か居て、彼らはしっかりこの空間に溶け込んで自然体で本のページを捲っていた。妙に洗練されていてどうやらファッションについては少し自分の方が『場違い感』があったかも知れない。



とにもかくにも注文しない事には始まらないと思い、適当な所に座って(コンセプトからして座って良いみたいなので)、珈琲とケーキを注文してみる。しばらく自分の所有している本とは少し異質な本のタイトルに見惚れながら一応店員さんに訊いてみる。


「これって自由に読んでも良いって事ですよね?」



すると店員さんが「はい」と言ってから、


「でも一つ条件があります」


と付け加えた。何だろうなと思ったがそれは意外なものだった。


「読んだ本について感想文、短いレビューを書いて下さい」


「おお!」


これには思わず感心してしまった。そういうシステムは確かにあり得るのかもなと思ったからである。念のため、


「それは何かに利用されるんですか?」


とも訊ねたけれどこれにも秀逸な答えが返ってきた。それは店に来た人同士でレビューを自由に読めるようにパソコンでデータベースを作っているそうなのだ。記入方法は?とか細々とした質問をしてゆくと、どうやら専用の小さな用紙に記入したものを元にオーナーが手入力でそれぞれのレビューを付け加えてゆくそうである。ただこれには一つ問題があって…


「本を一冊全部読んでからになると中々書けないんじゃないですか?」


この質問に対して店員さんが答えようとした時、


「何でもいいんです。本の中の気になった文章だけでもいいんです」


と奥の方からオーナーらしき人が現れて答えた。オーナーと思われる人の姿は予想とは全然違っていて明らかにオシャレなタイプの人で、少し歳のいっているダンディーな人だった。


「ああ、どうも。実は〇〇の紹介でここに来てみたんですよ」


と友人の名を出すと「これはこれは…」とちょっと驚いた様子で、


「〇〇さんにはお世話になりました。開店にあたって色々アドバイスしていただきましたし、〇〇さんも本が好きだから話が合いましてね。そうですかそうですか」


と嬉しそうに語ってくれた。何だか自分も手伝ったような感覚になり、


「こういう所にこういうお店が出来ると私としても嬉しいです」


と思ったままを述べる。


「是非何度もいらしてください。あ、そうそうパソコンのデータベースについてですが」


店主そう言うとパソコンを指さしながらにっこり笑ってこんな風に言った。


「一応ネットでも公開しています。実はここの店にある本は私は一度全部読んでいます。つまりレビューは最低一つはあるという事ですね」


流石は『書痴』を名乗る(?)だけの事はあるなと思った。そこで何となく対抗心が沸き上がってきたので何か本を読んでみようと思った。むしろあり過ぎてどの棚から選んでいいのかも分からないがタイトルで「クリスマス・キャロル」を選んでみた。ディケンズの小説という知識はあって書店で見るたびに読もうかな読もうかなと思っていて読んでなかった作品である。むしろこういう状況だからこそ読みたくなる。


「お…それを選びましたか!」


「はい。ちょっと直ぐには読めないと思いますが読んでみます」


「どうぞごゆっくり」


読み始めるとある事に気付いた。この雰囲気だからだろうか異様に捗るという事である。


<これは…>


しばらく読んでおもむろに本を閉じる。そしていつの間にか運ばれていたチョコレートケーキと珈琲を頂いてしまってからカウンターに近付いて店主にこう告げる。


「あの、私完全に読書モードになってしまいました」


「あ、そうですか。それは良かった」


少し言い難そうにこう付け加える。


「なってしまって私もこの本が欲しくなってしまったんです」


「あらら…」


「それで、これを宿題にさせていただくというのはどうでしょうか?」


「宿題ですか?」


戸惑っている店主と店員さんにこう説明する。


「本好きとして私もレビューを書きたいのですが、性格上どうも中途半端なのは嫌なんですよね。というわけで、自分もこの本を買ってからレビューを仕上げてきます」


「なるほど。そういうパターンもありますね」


ちょっと意外だったという風に言う店主。そう言って少しして店を後にしてから、そのままその近くにある書店に直行し同じ本を探す。考えてみると一連の行動は「そんなことをしなくてもいい」ものなのかも知れない。けれど家に戻ってから新品の本をコタツの上で読んでいるとこんな事を思うのである。


<こういう面倒でも自分を動かしてくれる何かを求めていたんだな>



自分を動かしてくれるもの。結局インドア的でも、またアウトドアに繋がってゆくようなインドアなもの。つまりは『流れ』である。気が早いがこれは、


『クリスマスプレゼント』


なんだろうなと思う。大人のね。店主のレビューはまだ読まないでおく。

さむざむ

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「寒いなぁ…」


分かり切った事でも発声して確認する事に少しの安堵を覚えるのだろうか、着けたばかりのストーブの前で両手をかざす様に温める。ほぼ雪国と言ってよい地域に住んでいるせいか、『寒さ』が優勢になった時を境に気持ちが入れ替わり、ここ数日で少しは気合が入っているかも知れない。気合を入れないと寒さに勝てない。


そんな人間と運命共同体とも言える我が家の猫達は、我先にとコタツに潜ってしまっている。『ピー』と『ジロウ』は時折牽制し合いながらも基本的にはウォームシェア、コタツシェアをしている。長年連れ添っている部類の年齢の猫達だから、今や夜寝る時も一緒である。オス同士。人員を考えるとそこまで大きくないコタツという器具の陣地を獲得する為には人間の方も猫並みに関節が柔らかくないときついのかも知れない。



器用に猫と猫の間に足を伸ばし、束の間の安息を得る。油断して足を広げすぎると猫の怒りを買うけれど、流石に今日は暖を取らないと身体が冷え冷えになってしまう。なのに、こういう時ほどトイレに行きたくなってくる。



と、何故かこの時いつものように窓際のカーテンに隠れるように佇んていた『ナナ』が不穏な動きを見せる。一鳴きすると近くにあるソファーの上にささっと移動した。そして背をピーンと立てるようにすると…



「あー!!そこにはしないでー!!!」



そう猫もトイレに行きたくなるものなのである。そしてトイレのある場所が寒いのを知っていると、猫の判断で『ここでしてしまえ!』という決定になる。『ナナ』に限ってはあまりそういう事がなかったので完全に油断していた…。小の方だからまだいいけど。




幸い量は少量で、ティッシュやスプレーなどを用いて何とか被害は少なく抑えられている。猫飼い足るもの今更こんなことでは挫けない。…と思ったのだが、いつの間にかコタツから抜け出していた『ジロウ』があろうことかコタツの上に敷いている毛布の一部に粗相をする。実を言えばこれはもう『ジロウ』の癖で、何かにつけてそこに放尿するのである。こうなるとその毛布を毎回洗濯しなくてはならない。



「まあ、今日は寒いからね…」


そう自分を納得させて毛布を洗濯機に放り込む。それにしても自分が使っているもの(コタツ)を敢えて汚すのはどんな気分なのだろうか。たぶん、それは猫にも分からないだろう。

むずかしさに

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色々とキリの良い日である。投稿した音楽の総再生数が一万に到達したとか、長い書物をやっと読み終わったとか。もちろんそこから進めてゆくつもりではあるが、ちょっとした自信になっているかも知れない。


「難しい、難しい…」がまるで一つの現実であるように浮かんでくる中でも、結果的に自分自身『難しい』事を達成しているのかもと思う時がある。スマホで異様に難易度が高いパズルゲームをやっているけれど、奇妙な事に放り投げようという感覚にはならない。難しさへの『耐性ができている』のだろうか。というかそのゲームについて言えば、面白いネタを探す事とさほど変わらないんじゃないかと思う。


友人の影響もあり、レトロゲームに惹かれていっている。特に初見殺しがあるような難易度の高いゲームはむしろ今の時代にあらゆることを駆使してクリアするものとして別な価値を与えられているようにも感じる。少なくともそういう事を『楽しい』と感じる心があるならば、未来が開けてくると言えるのかも知れない。